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ジェイソン・ブラウン:「まさかあのプルシェンコと同じリンクに立つの?!」(3)事故・ソチ・ポニーテール

ジェイソン・ブラウンのインタビューの続き、完結編です。プルシェンコやジュベールと会ったときの反応、面白いですね。

ジェイソン・ブラウン:「まさかあのプルシェンコと同じリンクに立つの?!」(1)今後・子どものころ・尊敬する人物
ジェイソン・ブラウン:「まさかあのプルシェンコと同じリンクに立つの?!」(2)ジャンプが苦手

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ジェイソン・ブラウン:「まさかあのプルシェンコと同じリンクに立つの?!」とソチで思った


http://rsport.ru/interview/20141205/792914029.html
マリヤ・ヴォロビヨワ/アンドレイ・シモネンコ

続き

冬季オリンピックで、Tシャツと短パンで歩けるとは想像してなかった。


(選抜大会であったアメリカ・ナショナルは、その後ソチにあなたを連れて行った運命的なものとなりましたが、その前に事故に遭っていましたね。加えて、降雪による航空便のキャンセルや遅延の問題もありました。このことについて、そのときはどう思いましたか?いずれにせよチャンスだと思ったのか、それとも馬鹿げた暗示だと?)

立ち止まって、起きていることについて考えるのが必要な瞬間だったんじゃないかと思う。ナショナルへと飛び立つ5日前に事故に遭って、首をちょっと怪我したけど、深刻なことにはならなかった。ひどい雪嵐のせいで車のハンドルがとられて、何度かくるくる回っちゃったんだ。誰も事故には巻き込まれなくて、僕の車だけ。親に電話したときは、涙で全身を濡らして、何が遭ったのかを話して、謝ったよ。でも親は、車だけのことだし、お前に何もなかったのが良かったと言って落ち着かせてくれた。

そのときこう意識したんだ。僕自身は怪我してないし、誰にも怪我をさせてない。車には僕しかいなくて、周りに他の車がなかった。僕は本当に運がいいって。それで、これは何かのしるしなんじゃないか、準備はできてるのだからナショナルに出るべきだって思った。ある種の試練を経験して、演技ができたことを神に感謝したよ。


(ソチ・オリンピックについて最初に思い出されるのは何でしょうか?表彰式で表彰台に立ったときでしょうか?)
全部覚えてるよ!記憶から滑り落ちるような瞬間はひとつもない。メダルを獲ったときも、閉会式も。個人戦のフリーで最終グループに入って、最後に滑った時とか…。具体的にこの瞬間というわけじゃないけど、オリンピックは一瞬のように過ぎてしまったと言いたい。


(でも何か普通じゃない、おかしいことなどの思い出もあるんじゃないでしょうか?)

正直言うと、初めてのオリンピックだから、こういった大会で何が普通で何が普通じゃないのかってのはただただわかんなかった。何もかもが新しく、普通じゃなくてなれないことだらけ。でも、冬季オリンピックで街なかをTシャツ短パンで歩けるとは想像もしてなかったよ!ソチでは毎日がすばらしい太陽の天気だった。だから、本当に冬季オリンピックにいるのか?!っていう疑問がときどき頭をよぎるくらいだったよ。


(黒海で泳ぎましたか?)
ええ、泳いでないけよ、泳ぎたかったけどね!でも、ソチにはジュニアグランプリファイナルでも来てて、オリンピックのときよりももっと海に近いところに泊まってたんだ。そのときも泳ぎはしなかったけど、海にちょっと手を入れてみたり、石で遊んだりはした。だから、ソチの海に行ってきたとは言えるね!


(ロシア人の友人はできましたか?)
ロシアのスケーター大好きなんだ。アデリナ・ソトニコワの大ファン、だって可愛いんだもん。リーザ・トゥクタムィシェワもただ信じられないようなスケーター。それから、オリンピックでエヴゲニー・プルシェンコと会ったんだ!国別対抗戦前の練習で初めてはちあわせた。「あのプルシェンコと同じリンクに立つんだ、なんてことだ!この世界でいったいなにが起こってるんだ」って思ったね。そうしたらプルシェンコがこっちに振り向いて「やあ、ジェイソン!」って言ったんだよ。たぶん、僕の目の両方とも「何?何?」って書かれてたと思う。一歩後ろにさがって、息を吐いて、彼がいかに信じられないようなスケーターなのかって言ったんだ。それからちょっと喋ってたんだけど、それでどれだけの力が与えられたことか!


(誰かがあなたのことを考えているということを想像できますか?)

もうクレイジーだね。


(どうして?あなたは街なかでも見分けられますよね…)

それがもうクレイジーなんだ!本当にこの人のことを考えていたんですかって答えちゃう。僕だったら、エヴゲニーみたいな人を見たらもう気を失っちゃうよ。そのソチでブライアン・ジュベールを初めて生で見たときのことも覚えてる。更衣室に入って、「あっ」ってその場で凍りついちゃった。プルシェンコが初めてオリンピックに出た2002年、僕はまだ7歳だった。そして今、そんな偉大なスケーターに会うと、口を開けてテレビの前に座っていたちっちゃな男の子に戻って見つめちゃうんだ。そんな人たちの1人であることなんて、もうファンタジーの境界線だね…。


(あるコーチがこんなことを話していました。街で彼女のところにあるおばあさんが近づいて、オリンピックでの彼女の教え子の演技について感謝したそうです。その瞬間に、これがまさに自分がやっていることの本当のモチベーションなんだと理解したと言っていました。似たような経緯はありますか?)


ね、そういったことはたくさんあって、どれを最初に話していいかもわからないくらい!「えっ、こんなことがありうるなんて想像もできなかった!」と思わせるようなことが、年に何回かは絶対にある。例えば、こんな話がある。僕が練習しているコロラドからほど遠くないところに軍事基地がある。あるときスターバックスにいたら、軍の制服を来た人が近づいてきた。「最近駐在してた中東から戻ってきたところだけど、そこであなたのオリンピックでの演技を見たよ。あなたは誇りだ。立派に戦って、我が国を代表してくれた」って言ってくれた。

それを聞いて、どう答えていいかわからなかった。もう少しで泣きそうだったよ。「命の危険を犯してアメリカのために戦っている人たちと、僕が同じだなんてありうる?僕と?彼らはそう、戦ってるけど、僕が?」って思った。たぶんこれが、僕に起こった最も感動的なストーリーの1つ。でも、たくさんあるけどね。


(食後のデザートに、ポニーテール風の髪型についてお聞かせください。なんども髪を切るように勧められたけれど断っているという記事を読みました。現時点ではどんな状況なんでしょうか?「尻尾」の安全は?)


安全だよ!まあ、オリンピックの前には切るべきか切るべきでないか悩んだこともある。でもその後ポニーテールを残すと決めた。やっぱりある種僕のトレードマークだからね。というわけで近いうちに切るつもりはない。コーチが「ねえ、フリーのために髪を半分上に上げようか」って言ったとき、なんかすごく驚いちゃって。コーチは僕の反応をみて、「ああ、ポニーテールの法律違反になるとでも思ってるの?」って。コーチは、僕はなにか変わらなくちゃいけないと思ってるみたい。でもみんな僕のポニーテールが好きみたいだから、今のところは残してる。

(終)

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ブライアン・ジュベール&カタリナ・ゲルボルト:ペア結成インタ(完結)

昨日アップした掲題の記事について、後半部分も含めて他のブログに掲載されていましたので、以下のとおり紹介して終わりにしたいと思います。

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また、関連記事はこんな感じです↓






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ブライアン・ジュベール&カタリナ・ゲルボルト:ペア結成インタ(前)

ワールド金メダリストのブライアン・ジュベールがカタリナ・ゲルボルトとペアを結成したという衝撃のニュースが入りました!インタビューがありましたので、紹介します。
http://rsport.ru/interview/20140712/757618393.html

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(ブライアン、どうして今、ロシアで、ペアとしてやることになったんでしょうか?)
ブライアン・ジュベール:ソチ・オリンピックのあと、ペアで自分の力を試したいと言った。フランスでは少しダーシャ・ポポワと滑ったのだけれども、それで初めてペアスケートとは何かというイメージを知った。それから今のコーチであるオレグ・ワシリエグから電話があって、状況を議論して、それからすぐにモスクワに来ることになった。

(カーチャ、ブライアンと一緒に滑った最初の印象は)
カタリナ・ゲルボルト:やっぱりロシア語で答えていい(笑)?ブライアンと最初にいくつかのエレメンツを試してみたら、良い意味でショックを受けたの。彼がこんな楽に私をリフトできるなんて期待してなかったし、人生でやったことのないエレメンツにこんなに早く対応できるなんて思ってなかったから。今日なんか、氷上トレーニングで滑りながらのデス・スパイラルがほぼできたの!このエレメント実施のげんりについて説明してた時間のほうが多かったかも(笑)。ブライアンの前にも、かなり経験あるペア・スケーターも含めて色々なパートナーとも試してた。それで、正直言うと、エレメンツの多くは、経験のある人たちよりもブライアンとの方が私にとって楽にできることにオレグと一緒に驚いたの。このデス・スパイラルだって、サーシャ・エンベルトとでも問題があったから。このエレメンツをブライアンとやってから、オレグのところに行って「彼が何をしてるのかはわからないけど、サーシャよりも私にとっては楽なの(笑)」って言ってしまった。

(ブライアン、カーチャとの共同練習の印象を教えて下さい)
ジュベール:まず、ペアっていうのは私にとってまったく新しい経験だということ。2つ目は、とても難しい経験だということ(笑)。でも、カーチャの隣にいると本当に自信を感じることができる。一緒に過ごした5日間ですでに進歩が感じられたと思う。もちろん、やるべきことはいくらでもあるけど、今はもう自分をペアスケーターだと感じている。

(ペアで実際に何かうまくいきそうだと感じられていますか?)
ジュベール:ええ。私たちの努力が無駄に終わるような感覚はない。最初の初歩的な練習をしてみて、自分自身に対してイケるかどうかという問いに答えることが私にとってはとても重要だった。

(賭ける価値があるという意識が起こったのはいつでしょうか?)
ジュベール:最初の日はすべてが上手くいったのに、2日目は全くの破滅だった(笑)。ほとんど死んでたよ!

(持ち上げたり、リフトしたりしたからですか?)
ジュベール:そう!リフトっていうのは、技術の問題。でも私は自分の筋肉全部を稼働させて、踏ん張って、緊張させて…。結果、ひどく疲労した。だから2日目に全くひっくり返ってしまって、ペアなんかできない、私にとってやる価値がないっていう思いも現れた。その後、要領を得たアドバイスをもらったら、最初はひどくつらいエレメントだと思っていたものすべてが、急に簡単で理解できるものになった。それで3日目・4日目には、撤退はできないと最終的に納得できた。

(ペアで最も難しいのは何でしょうか?)
ジュベール:スピン…。シングルのときもスピンは私にとってそんなに簡単にはいかなかったけれど、ペアではさらに1人ではないし…。

(4回転の方が簡単ですか?)
ジュベール:そうだね、たぶん、簡単(笑)。それから、パートナーを追い続けるのはとても難しい。彼女とずっとコンタクトしていなくてはいけないから。

(パラレル・スピンで、今はカーチャが姿勢変化を数えていますが、このミッションをあなたが引き受ける計画はありますか?)
ジュベール:カーチャが数えてくれたほうがいい(笑)。そのまま行ってほしいね!

(続く)

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アレクセイ・ヤグディン:「五輪金で貰ったのは…」(1):ミーシン、タラソワとも喧嘩した

カザフスタンでのマスタークラスを前に、デニス・テン、アレクセイ・ヤグディン、ブライアン・ジュベールが記者会見を行ったようで、ヤグディンのインタビューが掲載されていましたので紹介します。

ちょっと長いので、一部抜粋(といっても、ほとんど)してます。また、一段落が長いので読みやすく管理人が改行を入れました。

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アレクセイ・ヤグディン:「オリンピックの金メダルに対してもらったのは、ブラック・チョコ100kgのバウチャーだった」


http://www.kursiv.kz/news/details/mental_pabulum/aleksey_yagudin_za_olimpiyskoe_zoloto_mne_dali_vaucher_na_priobretenie_100_kilogramm_chernogo_shokol/?sphrase_id=107040

(前略)

(このセミナーについて教えて下さい)
たぶん単なる偶然なんだけど、ここに3世代のスケーターが集まって、生徒たちだけでなくコーチとも交流することになる。私が引退したのはもうだいぶ前だけど、ブライアン(ジュベール)がその決定をしたのはつい最近で、デニスはまだ始まったばかりだ。このセミナーの目的は、単に何かを教えるというだけではない。5日間でそれはほとんど現実的じゃないとよくわかっている。デニスも「すべてを捧げた」と言っていたが…。私たちはみなその瞬間を経験してきた。

アレクセイ・ウルマノフ(※)と同じ練習リンクで練習していたことを覚えている。彼は私に何か教えてくれていたんだけど、彼がなにを言おうがまったく関係なかった。私に必要だったのは、単に彼としゃべるということだった。ほら、彼がオリンピック金メダリストなんだ、ということが私の頭のなかにできあがるように。彼が現実に存在するんだということを。つまり、なんでもできる、ということを。

だから、私たちは子どもたちに教えるだけじゃなく、おしゃべりもしたい。私たちのタイプが違うというのも素晴らしいことだ。なぜ年齢のことを言うのかと言うと、私たちは異なる世代のスケーターというだけでなく、異なったフィギュアスケートのシステムを代表しているからだ。どんなふうに教えようかと相談して決めたのは、スケーターが私たちの誰からも話を聞ける機会をつくろうといういうこと。私の見方なんだが、コーチによる教育やコーチへの敬意があっても、スケーターは自分の中に軸があるべきで、コーチとのある種の対立というものあるべきだ。演劇でもそうだが、対立の上に仕事というのが成り立っている。私はいつも自分の意見を持っていた。もしアレクセイ・ニコラエヴィチ・ミーシンと喧嘩をせず、そのために彼が私を練習から追い出さなかったら、何もできなかったんじゃないかと思う…。

(アレクセイ、ミーシンと喧嘩したとおっしゃいましたが、タラソワともそうだったんでしょうか?)
喧嘩したし、喧嘩しているしこれからも喧嘩するよ!上の世代や何かを達成した人たちには大きな敬意をもって接するけど、それでも仕事はすべて人の間の何らかの対立の上に成り立っている。タラソワとも、そう、喧嘩した。

カルガリーに出発する1週間前にあまりに激しい喧嘩をしたものだから、彼女は私と何日も話もせず、チケットも変更してオリンピックには私と一緒には行かないと言い出したくらいの気まずい瞬間もあった。でもその後で万事がまとまった。

私は頑固な人間だ。でも、喧嘩の多くは誰かとの間ではなく、むしろ自分自身の中で行われている。そして、一番良い成績があったのはいつも何かで同意できなかった時なんだ。ただ喧嘩したいということではない。私には自分の意見があるというだけだ。スケーターはみなコーチの課題を遂行するけれど、人が何らかのプロ意識を得たら、自分の意見というものが現れるはずだ。スケーターもみな個人なんだから。

(続く)

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フィギュアニュースまとめ:ジュニアワールド、ジュベール、レオノワ、川スミなど

ご無沙汰してました。
もう今日からジュニアワールドがブルガリアで始まるわけですね…オリンピックが終わったばかりだというのに早い!そして、2週間後にはさいたまワールドが。さいたまワールドが始まるわけです。

とりあえず、昨日のニュースをまとめてご紹介します。

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というわけで、ロシアからのジュニアワールド女子出場者はラジオノワ(昨年優勝)、メドヴェジェワ、サハノヴィチの3人になりました。昨年はラジオノワ、リプニツカヤ、ポゴリラヤの3人で表彰台独占でしたが今年もありうるかも?ロシアの報道を見ると、対抗馬は日本の宮原・本郷と、アメリカのカレン・チェン。

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今後もミーシンの下で練習を続けるリーザ。怪我、じっくりと治してくださいね。

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※てょんと→本当

レオノワ、「次のオリンピックは私のもの」宣言!羽生については、ロシアではよく見られる「2回も転倒してオリンピックチャンピオンとは…」という感じで、ルールに問題あるのではないかという考え方ですね。



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