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アルトゥル・ガチンスキー:「ピノキオは永遠に棚の奥に消えたと願っている」(1)

ガチンスキーのロング・インタビューがSport-expressに掲載されていましたので、少しずつ紹介していきます。最近ガチンスキーは古巣のサンクトペテルブルク・ミーシンコーチを離れて、モスクワのタラソワコーチのチームに移籍したようです(まだ正式にどうなってるのかはわかりませんが)。

記者が誘導尋問的な質問をしていますが、アルトゥルがきちんと答えているのが印象に残っています。

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アルトゥル・ガチンスキー:「ピノキオは永遠に棚の奥に消えたと願っている」


http://winter.sport-express.ru/figureskating/reviews/44139/
エレナ・ヴァイツェホフスカヤ

(アルトゥル、モスクワに戻ると決めるのにどのくらいかかりましたか?)
この2年間。結果に満足が行かず、変えようという決定を徐々に描いていった。街、コーチ、環境、自分自身、滑りのスタイル、イメージ、すべてを!以前も変えようとしてみたことはある。練習や自分自身に対しての要求が不十分じゃないかと考えこんで、すべてを常にコントロールできないか試してみたけれども、結果はずっと出てこなかった。12月のロシア選手権は最後の1滴に過ぎない。

(コーチにはそのことをすぐに話しましたか?)
アレクセイ・ニコラエヴィチ(・ミーシン)に?もちろん。

(それで、どのような反応が)
それについては話さなくても良いかな?

(もちろん。ただ、あなたがミーシンに知らせずにモスクワに視察に行ったと知って彼が激怒したと聞いたものですから)
それならあなたはすべてご存知なのでは…。シーズン途中で公式に移転すると宣言してはいけない。資格停止されるかもしれないから。たぶん、コーチとの関係についてはあまりきれいには行かなかった。ただ、僕たちの道はある瞬間に分かれてしまったんだ。

(普通、こういった場合にはそれぞれの側に言い分があります。私が個人的に感じたのは、エヴゲニー・プルシェンコがアマチュアに復帰することによって、ミーシンが他の教え子に十分に注意を払えなくなったということ。時間が経つにつれて、あなたを含めて教え子たちには不満に思うようになったのは、極めて公平なことだと思います。でも、アレクセイ・ニコラエヴィチ(・ミーシン)の説によると、単にあなたがちゃんと練習をしなかったということです)

練習では毎回全力を出そうと努力していた。遊んだり、いいかげんにやったりすることもなかった。もしかすると、単純に成長したというだけかもしれない。小さいうちは、コーチが言うこと全部を単純に聞いていた。そして文句も言わずに実行していた。成長するにつれて、人生への見方、自分がしていることについての見方が変わり始めた。自分を取り巻く世界を白と黒にはっきりと分けることをやめ、中間色があるということがわかりはじめた。自分が男だという何らかの内的意識が顕れた。それで、自分の人生について、自分自身で決断しなくてはいけないと。

こんな背景の中で、コーチとの間で、いわば議論を呼ぶような状況ができはじめた。そして心のなかの不満の感覚や精神的な不快感がどんどん強くなっていった。もしかすると、まさにこのためにスケーターとしての進化が止まってしまったのかもしれない。

(長年にわたってあなたはずっとエヴゲニー・プルシェンコのクローンと呼ばれていました。そのことがあなたを傷つけていたのではないでしょうか?)

小さい頃は、気に入ってたんだけどね。

(その頃は彼のことを意識的に模倣しようとしていましたか?)
彼のことをずっと見ているのにいったいどうやって模倣しないでいられるのか?そこはしたいとかしたくないではなく、そうするしかないということだ。目の前にすべてのことを素晴らしくやっている人がいるんだ。もちろん、同じようにしたいと思う。でも17くらいになると、嫌気が差したとは言わないけど、違う滑りをしたいという内なる希望を感じ始めた。だから、僕が第2のプルシェンコだと言われると、とてもイライラするようになりはじめた、正直言うと。

(練習で立ち止まって「僕はプルシェンコじゃない」と大声を上げたりしたくなりませんでしたか?)

あった。

(もしかすると、ミーシン・コーチから、プルシェンコについてはすでに期待にそむかなかった滑りのやり方について、あなたにも求めようとする無意識の期待があったのでは?地ならしされた道を進むのは常に簡単ですから。)

アレクセイ・ニコラエヴィチ(・ミーシン)が僕との間で地ならしされた道を進もうとしていたとは思わない。僕たちはきちんと練習していたし、彼のことを理解していた。ただ意見が相違することもあったということだ。

(プルシェンコがアマチュアに復帰してソチに出場したいと言った事実についてどうお思いでしたか?)

そのことについて話すのはやめよう。僕の方針というのはだいたいこんな感じだった。やりたいと思ったら、やらせればいい。やりたくないのなら、やらせる必要はない。ただ、スケーターについて過去の功績に対して何か与えられるということには賛成したことはない。

(フィギュアスケートにおける過去の功績というと、特にPCSのことですね。)
おっしゃることはわかるが、それも正しくない。じゃあ、どの功績にどれだけ点数を出すか表を作ってみて、その表にしたがって誰が優勝か決めよう、という話ではない。スポーツではすべて公平でなくては。滑ったものに対して、与えられるべき。

(オリンピックに出られなくてとてもがっかりしましたか?)
ロシア選手権の前から、このシーズンはうまくいかない(※)とわかっていた。まあ、腹立たしいし、悔しかった。でもそれがどうしたって?また次のオリンピックもあるし、もしかすると1回だけじゃないかもしれない。

テーマ: フィギュアスケート | ジャンル: スポーツ