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実務のロシア語1&2:ロシア語中級以上の方にお薦め

スケートとは関係ありませんが、管理人が少し関わった本の紹介。

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テーマ: ロシア | ジャンル: 海外情報

プルシェンコは5回目のサイクルに進む(後)新プロ/ガチンスキー、ヴォロノフ、メンショフ/これからのこと

プルシェンコのロングインタ、後編をお届けします。新しいプログラムの話(競技用?)、ガチンスキーやヴォロノフ、メンショフさんについてのコメント、日本人の指導?の話やこれからについて語っています。

良い意味でも悪い意味でも、率直な話し方ですね。前回に続いてミーシン愛に撃たれました(笑)。

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プルシェンコは5回目のサイクルに進む(前)羽生は今でも僕が崇拝の的だと言ってくれる
プルシェンコは5回目のサイクルに進む(中):ミーシンは僕の2人目の父親

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プルシェンコは5回目のサイクルに進む


http://www.rg.ru/2014/07/16/plushenko-poln.html
ニコライ・ドルゴポロフ

(続き)

(そこをもう少し詳しく)
アレクセイ・ニコラエヴィチ(・ミーシン)が合宿から戻ってくる。そして8月には新しいプログラム、フリーとショートの振付に取り掛かる。

(わかった、どうなる?)
バフタン・ムルバニゼと振付をするか、少なくともプログラムの輪郭は作ることに決めた。

(彼はグルジア代表で、エレーナ・アナトリエヴナ・チャイコフスカヤの下で指導を受けていた。パンクすることもあったようだが。彼のことはみなヴァーハと呼んでいたね)
彼は今コーチとして開花したところだ。彼が以前何をしていたかは重要じゃない。スケーターとしては偉大でも、コーチとしては…ということもある。スケーターとしてはほんの二流でも、コーチとしては素晴らしい場合もある。ヴァーハは僕の親しい友人で、子供の頃から仲良くしてる。昨年スケーターの多くに素晴らしいプログラムを振りつけていて、フットワークのキャンバスが良い。アレクセイ・ニコラエヴィチ・ミーシンとも一緒に仕事をしている。仕事をしているだけじゃなくて、褒めてもいる。ムルバニゼはアメリカから戻ってきて、エストニアに住んでいる。今はミーシンと一緒にが祝に言っている。それから、もしかすると僕もコーチをしてみるかもしれない。

(誰に?)
ロシア人からのオファーがある。日本も、男女シングル選手を指導してもらいたいようだ

(若い非凡な才能たちを?)
若い人たちも。日本にはただもう独特なとしか言えない12歳の女の子がいるんだ。次々と3Loや3Tを跳んで、その他多くのこともやっている。ジャンプはもう非現実的なくらい。

(ジェーニャ、いったい君は誰のためにジャンプを跳んでいるんだ?)
もちろん、自分のため、祖国のため、家族のため、ミーシンのためだ。連盟のためにも。それから両親。あなたはオリンピックの後いつも僕に対して言っていたね。他に注意を向けるな、注意を向けるな、治してボルトを抜けと。でも僕は多くの人に失望してしまった。否定ばかりが僕に対して向けられてたから。今日は正直に話してるよ。

(今のが正直な気持ちだと)
そう。アメリカから人が来て、アメリカのためにすべらないかと言っていた。

(本当に?)
嘘じゃないよ!冗談でもなく、皮肉でもなく、率直に言われたんだ。アメリカのために滑ってくれ、ロシアは君を評価しないと。

(評価しないって?もしかするとそんな人もいるかもしれない。でも、みんなじゃない。)
もちろん、みんなじゃない。もちろんこのアメリカの件は断った。それからもう1つ、僕にとって嬉しくて悪い気がしなかったのは、ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ・プーチン大統領が僕にこう言ってくれたことだ。すべてわかってるから、早く治療して、回復して欲しいと。これが僕にとっては大切なことだった。それに加えて、親しい人たち、友人たちが僕を裏切らなかったこともある。

(裏切りを予期していたのか?)
人生には何でも起こりうるからね。友達は僕の後を最後まで追いかけてくれて、それが重要なんだ。僕はロシアのために滑ってきたし、今でも滑っている。これからもここロシアに住む。

(ジェーニャ、今回私たちの間にある捨てようにも捨てられない感傷を何とか捨てても、君がここで悪くない暮らしをしていて、やることがたくさんあるということは指摘しないといけない。)
ええ、少なくはない。そして今、ロシアのスケーターや日本のスケーターを指導するという大きな可能性も開けてきている。

(面白そうなのか?取り掛かるつもり?)
後で絶対取り掛かる。でも今は疲れていて、休みたい。10月には中国のゴルフのチャリティ大会に招待された。去年はキャサリン・ゼタ・ジョーンズがプレイしたんだ。

(あのハリウッドで有名な女優で、マイケル・ダグラス夫人の?)
それ以外誰がいるって?今年はデビッド・ベッカムも来るって。

(彼はまだイングランド代表としてサッカーをしてた方がいいんじゃないか?ジェーニャ・カフェルニコフは来ないの?確か仲良くしてたよね?)
彼とは良い関係だよ。ゴルフを一緒にする予定はあるけど、まだできてない。僕がゴルフを始めてまだ1年半だし。

(カフェルニコフに勧められた?)
いやいや、自分でやろうと思った。ちょうど半月板の手術をしたところで、医者に走ったり動いたりを禁止されてたんだ。ノヴォゴルスクで休んでたんだけど、隣のクルキノには素晴らしい9ホールがある。ボールがそんな風にと飛んできたんだ。一体何で今までやらなかったんだろう?アメリカでよく練習をしていただいぶ前から始めるべきだった。ゴルフに恋しちゃったよ。

(でも時間が掛かるし嫌だな。どうやって耐えてるの?)
耐えてるわけじゃない。楽しんでるんだ。ホール間を移動するのにあのクルマはめったに使わない。クラブを持って歩いてるよ。

(あの高い道具を揃えて買ったんだろ?)
ええ、いっぱいある。どうしてもクラブセットを選びきることができなくて。

(どうして?)
みんな違うから。スケート靴と同じ。

(わかった、困らせてるみたいだ。結論に近づこう。君は今年は出ない。ロシアのスケーターでは誰がうまくいきそうだと思ってる?)
みんながどんな風に準備を進めてるかは知らない。ガチンスキーがしっかりするのかもわからない。シェフィールドでのユーロの争いを覚えてる。彼はショートで僕の上を行った。素晴らしい滑りだった。フリーも素晴らしかった。そのとき僕が勝ったのは苦労の末だった。でもそれから彼には何か起こってしまって。

(大恋愛だって話だけど)
僕にだって恋愛はある。それは僕を鼓舞するばかりだった。新しい息吹きを与えてくれて、快感に酔いしれ引っ張られるばかりだった。でもアルトゥルには何かが起こった。もし全部もとに戻れば…。彼がスケーティングやムーブメントの練習を始めたと知っている。彼も概ね立派に滑れるかもしれない。
(今はタチヤナ・アナトリエヴナ・タラソワの下でCSKAが練習してると?)
でも僕は、スケーター2人のことで本当に嬉しく、幸せに思っている。セリョージャ・ヴォロノフとコースチャ・メンショフ。セリョージャは随分前から知っている。彼はなかなか自分に打ち勝つことができなかった。いいヤツなんだ。コースチャも。セリョージャはコーチを変えて、エテリ・ゲオルギエヴナ・トゥトベリゼがしっかりと支えているようだ。メンショフにも去年はただ単に驚かされた。ユーロで立派に滑って、僕と同じように30を越えているのに、初めて表彰台に上ったんだ!マクシム・コフトゥンについては何が言える?彼も驚くべきスケーターだ。ショートもフリーも安定して滑るようになったら、ワールドで3位になるのは現実的だし、トップ5に入るかもしれない。それからはなるようになるだろう。

(君はファイターだけど、彼は?)
成長してるし、努力してる。みんな努力してる。でなかったらなぜこんなことをするんだ?でも今、新しい時代のスケーターが現れてくる。4回転ばかりの時代だ。それが何を意味するか。最初の4回転を跳んで、休む。2回めの4回転を跳んで、休む。プログラムの時間を短縮するんじゃなくて、逆に伸ばしたほうがいいんじゃないかって思う。1年前、プログラムを短くするっていうアイディアが出てきたけど、何のために?それが今回否決されて良かった。たわごとだ。

(たわごとかそうでないかは別として、君は5回目のオリンピック・サイクルに向かうんだろ。)
僕?僕は行くよ。

(終わり)


テーマ: フィギュアスケート | ジャンル: スポーツ

プルシェンコは5回目のサイクルに進む(中):ミーシンは僕の2人目の父親

昨日紹介したプルシェンコインタの続編です。前後編にするつもりでしたがちょっと長くなってしまったので前中後編としました。

ミーシンのくだりはちょっときましたね。

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プルシェンコは5回目のサイクルに進む


http://www.rg.ru/2014/07/16/plushenko-poln.html
ニコライ・ドルゴポロフ

(続き)

(僕らはここで共に座って率直に話をしている。どうして自分を虐めるんだ?そんな意味があるのか?上手くいかなかったら、永遠の敵の誰かが吠え声を上げるだろう…)
全員に注意を払っていたら、結果なんてでてこない。ソチで競技を棄権してから、出場すべきだった、前に進むべきだったなんてことを騒ぎ始める人たちもいた。それがスポーツのことや、重い怪我のことなんかしらない普通の人たちだったら、単なる思い違いだろう。しかしこれがロシアで過去偉大だったスケーター、例えば最初に騒ぎ出したロドニナや、コーリャ・バルエフと言ったら…。そういえば、そのあとでロドニナとは少し話したよ。クレムリンでのオリンピック出場者が集まった舞踏会で、アレクサンドル・ジューコフ・オリンピック委員長からロドニナも含めスケーターたちに賞が与えられたんだけれども、その場で彼女は僕に寄って来さえしなかった。僕の目を見ることもしなかったけど、それは予期してたことだった。「イリーナ・コンスタンチノヴナ(・ロドニナ)、ちょっと待って下さい…」とお願いして、「批判に感謝します。僕も意地が悪くなったんですよ、いろいろと学びましたから」と言った。それで彼女は去ろうとしたけれども、丁重に抱き寄せて離さなかった。「イリーナ・コンスタンチノヴナ、あなたはプロのスケーターで、そんなに人気があるのに、どうしてあんなことを…」。ロドニナは「誤解があったの」と。僕は「でも受話器を上げて僕に電話してくれれば、全部説明したのに」と言うと、イリーナ・コンスタンチノヴナは「電話番号がなかったから」と応えた。こんな風に冗談めかして話したけど、彼女は全部聞いてくれた。彼女にしても居心地が悪くなってたんじゃないかな。2010年、バンクーバーの前にも、僕が復帰するのは不可能、全く不可能だと思っていた人もいるけど、彼女は全く同じようなことを僕について言っていた。まるで僕が彼女からパンや何かを奪うかのように。でも彼女はもう偉大な伝説で、僕の歴史はこんなだったから。みんなが好きになるような人ばかりではない。誰かには気に入られないこともある。Twitterでもときどき非難される。僕も読んで参考にはしてるけど、心の奥まで放ってはいけない。そうなったら何もうまくいかなくなる。そう、僕はこの道の上では今のところ1人だ。なぜ自分のことをいじめて、苦労して、トライして先に進むかだって?なぜそうしちゃいけないんだ?トライしてみてもいいじゃないか?それでもし前へと動くなら、怪我は全部治さないといけない。今、このシーズンは、もう壊れるところはない。人工的に埋め込まれた椎間板はすでに根付いた。ボルトもない。

若い奴らが滑るのを見た。

(どんな印象?)
もちろん素晴らしいよ。でも僕にも何かを変えたりもどしたりするために何年かある。新しいプルシェンコと新しいプログラムを作る。新しい振付師を呼ぶ。ちょっと考えてみる。

(ダヴィド・アヴドゥイシュはどうするの?)
彼は僕とともにずっといる。友人で、兄で、振付師だ。

(ではアレクセイ・ニコラエヴィチ・ミーシンは?父親?)
何の疑いもなく、父親だ。2人目の父で、僕にこの素晴らしい人生すべてを与えてくれた。(著者註:ここでジェーニャは黙り込んだ。鍛えあげられた彼でさえ、感情に対処するのは難しかった。) 彼とは長い長い間、肩を並べて、腰を並べて一緒に歩いてきた。僕のパパだ。(著者註:しばらくの間私たちはそのままで、息をついだ。)

(女子シングルでは、ソニア・ヘニーがオリンピックに4回参加して3度優勝した。ペアではロシアのイリーナ・ロドニナが3度優勝している。男子ではそういったのは思い出せない。アメリカのディック・バトンが2度優勝している。しかし、5回のオリンピックとなると…)
いや、ないよ。男子では確実に。

(そのことをヤナ夫人はどう思ってるんだ?説得されたりしない?もういいから、私や息子たちと一緒にいて、と。)
ヤナは、もし僕が健康なら、やらない理由はないって言ってくれている。家族は今だって一緒にいる。合宿にも家族と一緒だし、休暇だって家族と一緒だ。練習にもときどき来たりする。

(子だくさんの父親になったね?)
4人の息子がいる。あと2人娘が欲しい。今僕らはしゃべってるけど、コーリャとアンドリューシャは車で僕のことを待ってるんだ。今日一緒にペテルブルクに行くんだよ。そこで兄のエゴールが加わる。ちっちゃなサーシャとママはモナコの友人のところで休暇中。戻ってきたら、また一緒になる。

(もう休暇を取った?)
モルディブに行ってきた。ちょっと秘密を打ち明けるよ。狩りと釣りに熱中してるんだ。ペテルブルク郊外に50haの土地を買った。隣は猟師で、ちょうど狩りができるところなんだ。そこには四駆に乗って子どもたちと一緒に釣りにもいく。

(ジェーニャ、全然貧乏じゃないよね。)
日本人が僕の番組を作ってくれて、モスクワ郊外の新しい家を見てもらったんだけど、すごく高そうだって。僕はこう答えた。本当に長いことスケートをしてるからね、って。

(君のプランはいつも壮大だ。今は何に集中をしてるのか?練習?医者?治療?ショー?)
僕は常に目標を持っている。ヤナと、あともう1人のパートナーと一緒にとても大きなプロジェクトがある。自分の資金を投資していて、スポンサーはまだいないけど探してる。家族ショーなんだけど、このことはまた後で話すよ。もう1つの新しいプロジェクトは、テレビとの仕事なんだけど、それもまだ話すのにはちょっと早すぎる。プランはたくさんあって、将来実現していく。今は怪我を直して、家族と時間を過ごして、ゴルフをやって、人生を楽しんでる。たまにショーに出たり。それで、新しいシーズンへの準備をしている。

(続く)

テーマ: フィギュアスケート | ジャンル: スポーツ

プルシェンコは5回目のサイクルに進む(前)羽生は今でも僕が崇拝の的だと言ってくれる

プルシェンコがロシースカヤ・ガゼータのインタビューに答えていましたので、前半部分を紹介します。この記者さんとは懇意にしてるのか、妙に砕けた口調ですね(記者が)。日本のスケーターについてのコメントや、議員になったことについてのコメントなど見どころが多いインタビューになってます。

しかしファンにとって一番言いたいのは、「体を大事にしてくれ!」ってことではないでしょうか…。

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プルシェンコは5回目のサイクルに進む


http://www.rg.ru/2014/07/16/plushenko-poln.html
ニコライ・ドルゴポロフ

(ジェーニャ、順番に行こう。6月1日から9日まで、ノヴォゴルスクの合宿所で、いつもの手術の後はじめての練習を予定していた。調子がどうか見て評価をするために)
連盟にはこんな機会を与えてくれたことに感謝だけど、そこで予定どおり練習ができた。率直に言って、ロシア人も外国人もノヴォゴルスクはあまり好きじゃない人が多いみたいだけど、僕は大好きなんだ。リンクには毎日上ったわけじゃない。腰の痛みがまだあったから。でも、3回転を初めて跳んだよ。3Tや2A…。僕にとっては全く悪くなかった。

(その後は?)
ノヴォゴルスクのあと、ショーに参加するために日本に行った。3都市での公演に出るつもりだったんだけど、招待してくれたオリンピック金メダリストの羽生結弦に残ってもらえるよう頼まれたんだ。結局日本全国で11のショーになった。去年のショート「ストーム」を滑って、1回だけ3Aも跳んだ。3T-3Tのコンビネーションもあった。練習ではもう3Loや3Lzも跳び始めた。

(3回転ジャンプ全種類だね)
もちろん、そんな練習の後は腰の状態はだいぶ悪くなる。でも、素晴らしかったよ。そのときは若いスケーターと一緒に練習できたからね。その羽生とも一緒に。で、あなたにもちょっと言いたいんだ。羽生は3種類の4回転を跳んでるんだよ!しかもすべてとっても安定してるんだ。3A-4Tのコンビネーションも試してた。日本ではそんな感じか、ほとんどそんな感じで滑るのは彼だけじゃない。織田信成も、小塚崇彦も、町田樹も、その他にも何人かの若い奴らがそんな感じなんだ。落ち着いて4回転を跳べる素晴らしいコンディションにある。これが侍ってもんだね!彼らと一緒に練習できたんだ。

(どの町で?)
どこでも、どの町でも彼らはおかしいくらい練習してるし、どのショーのオープニングでもエンディングでも4回転を跳ぶんだ。今回、世界のフィギュアスケートすべてを見た。ロシア人も、カナダ人も、アメリカ人も、ヨーロッパ人も。その中でも日本人は今日最も高いレベルにいる。

(彼らとの関係は?)
一人残らずみんな僕に良くしてくれる、もちろん僕も彼らに対して同じだけどね。羽生結弦は、今でも僕が彼にとってある意味崇拝の的だと言ってくれている。それに、彼は振る舞いも素晴らしくて、おかしな振る舞いやスターっぽいところがない。

(ジェーニャ、アレクセイ・ニコラエヴィチ・ミーシンのグループは通常イタリアに夏合宿に行くと覚えているのだけど)
僕は行かなかった。ショーがあったから、それで試してみることにしたんだ。一番良かったのは、観客の前で滑れたことだ。3回転と2Aの最小限のジャンプしかなかったけど。まじめに言わなくてはいけないんだけど、腰の状態が悪化したんだ。それで、アレクセイ・ニコラエヴィチ・ミーシンと話して、このオリンピック後のシーズンはパスすることにした。怪我を治さないと。今、前ワールド金メダリストのパトリック・チャンやワールド金メダリストの浅田真央、他にもスケーターの多くがこのシーズンを休むことにしている。彼らは僕よりもずっと若いけど、オリンピック後はやはり力が足りなくなるし、怪我が悪化したりしてる。僕たちは次の段階に向けて正しいアプローチをしなくていはいけない。計画には自分のアイディアと本当の夢、この先へ向かうという夢があるから。新たな大会へと。もしかすると、次のオリンピックに向けて。

(いったいどうやってそれをやろうとしてるのか?)
僕にとって一番大切なのは、怪我を治すこと。それから、ショーの出演をいくつか。自分の体全体を完全に治す。怪我はたくさんあったけど、今怖いものはない。腰以外は。

(脚も問題ないし、鼠径部の筋違いも怖くないと?)
全く問題ない。膝も、鼠径部も、全然痛くない。ボルトを抜いた腰は、手術後という問題だ。あの折れたボルトは、単純には取れないものだった。医者は骨をくり抜いて、それからボルトを引っ掛けてなんとか抜き出さなければならなかった。しかもそのとき筋肉を切ったしね。

(それをすべて耐えていると)
実際、今は麻酔を射って滑ってる。麻酔を1本と、痛み止めの錠剤を飲んでる。でもその痛みはちょうど耐えられるくらい。

(しかしいったいどうやって?自然に反することじゃないか…)
僕は痛みには慣れてるからね。

(いったいなんのためにそんなに苦しんでるんだ?ストイックなのか?)
これが僕の人生だし、フィギュアスケート以外、スポーツ以外、なにも知らないからね。

(でも、2006年のトリノ・オリンピックの後、ペテルブルク議会に出馬したのを覚えてるが)
あれは間違いだった。でも僕は違うことを告白したい。僕は手術をたくさん経験し、同じだけ耐えてきた。脚にもいろいろあったし、鼠径部も筋を違えたし、手首も折った。膝も割れて、麻酔を射たれて、なんか塗ったりすりこんだり、薬も嫌というほど飲んだ。でもいい、僕は4回転を跳んできた。そんなことはみんなどうでもいいことだ。体の中で脊椎以上に悪いところはない。腰は大惨事だけどね。でも結局僕の目標は、たぶん、この先もまだ演技をするということなんだ。

(どこで治療をしてるのか?秘密?)
秘密だって?もちろん、イスラエルで、手術をしてくれた医者に見てもらってる。定期的に通っていているけど、常に管理されてるよ。マッサージとか、なんかレーザー治療みたいな治療方法がある。

(続く)

テーマ: フィギュアスケート | ジャンル: スポーツ

ブライアン・ジュベール&カタリナ・ゲルボルト:ペア結成インタ(完結)

昨日アップした掲題の記事について、後半部分も含めて他のブログに掲載されていましたので、以下のとおり紹介して終わりにしたいと思います。

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