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プルシェンコ:引退、家族、今後の計画について(前)

先日引退を表明したエヴゲニー・プルシェンコが、自身のスケート学校「エンジェルズ・オブ・プルシェンコ」開校にあたってインタビューに答えていますので、前後編で紹介します。

(追記)
後編アップしました!
プルシェンコ:引退、家族、今後の計画について(後)



エヴゲニー・プルシェンコ:引退、家族、今後の計画について


http://ru.hellomagazine.com/zvezdy/intervyu-i-video/20203-evgeniy-plyushcenko-intervyu-o-zavershenii-sportivnoy-karery-seme-i-dalneyshikh-planakh.html
マクシム・アンドリヤノフ / HELLO!

数日前、エヴゲニー・プルシェンコは引退を表明したが、同時に新しい目標に向けて力を向け始めた - フィギュアスケート・アカデミーを開いて、4歳のサーシャから金メダリストを育てようというのだ。

エンジェルズ・オブ・プルシェンコ・アカデミーのホールで、エヴゲニーと会った。彼は誇りを持って自身の領地を見せてくれた。更衣室、シャワールーム、氷上に出る前にスピンとジャンプを練習できる独特なマシンを置いたジム、窓からリンクの景色が広がるコレオルーム。他の街から来ている生徒のためのレストランと宿泊施設もある。すべてが新しく、すべてが輝き、塗装や内装の匂いがまだ完全に消え去っていないくらいだ。




(エヴゲニー、いま私たちはあなたが何年も夢見てきたそのアカデミーにいるんですね?)


正確に言えば、僕は人生ずっと夢見てたのです。ずっと前から指導を始めたいと思っていました。そしていま、アマチュア競技を引退する決断をして、そのための時間ができたのです。実際には、ショーにも参加し続けますし、自分が手がける氷上のスペクタクルにも出続けますし、新しいプロジェクトについても考え続けています。しかし、大半の時間はモスクワのこのアカデミーで過ごせるよう、スケジュールを決めていくつもりです。ここには協力なコーチ陣と素晴らしい振付師が集まりました。氷上の練習だけでなく、スケーターのプログラムの振付もします。リンクの横には温浴施設が6つあって、練習の後で疲れを取ることもできます。将来的には、他都市の生徒たちが完全な合宿を行えるよう、30室のホテルを建てる計画もあります。すでに中国、イギリス、日本やロシアの隅々から問合せが来ています。現時点で、ここでウラジオストク、エカテリンブルク、コストロマ、ヴォロネジのスケーターが練習しています。すでに成功したスケーターも私のところに来てくれました。


(選手の名前を教えていただけますか?)

フィギュアスケート連盟にすでに伝えてあるので、1人だけは言えます。アデリナ・ソトニコワです。彼女は復帰を望んでおり、最近私と一緒に練習に取組みはじめました。彼女はまだ20歳で、これからオリンピックに何度か出ることができると思っています。2人で何ができるのか、見ていて下さい。


(あなたご自身がスケートを始められた当初は、金銭的にも、生活上も大きな困難がともにありましたね。現在、フィギュアスケートはよりお金がかかるスポーツになっています。資金はないけれども才能はある子どもたちはどうすればよいのでしょうか。)


ここでは奨学金の制度があります。選手に将来性があると私が思えば、無料で練習ができるようにします。そういった選手はすでにいます。こういったことを実践sにている私立学校はとても少ないんじゃないでしょうか。それに、この学校ではとても公平な料金方針を採っています。1回券でも、10回分や50回分の練習券も買えます。それだけじゃなくて、特別なニーズが必要な子どもたちのうグループも教える予定です。毎月、孤児院の保育士を特別なマスタークラスに招待する予定もあります。そういった決定を私はしました。


(お子さんはすでにリンクを試してみましたか?)


ええ、下のサーシャはもう毎日滑っています。今日ももう2時間練習しました。最後の方はちょっとリンクでの練習には疲れたようで、最後の20分は体力トレーニングをしました。


(つまり、4人の息子さんのなかではサーシャが一番リンクが好きだと。)


ニコライはサッカーをしていますし、アンドリューシャはゴルフを専門的にやっているのに、さらにリンクに引っ張ってくることはできるでしょうか?


(最初のご結婚のときの上の息子さんのエゴールはペテルブルクで何をされているのでしょうか。)

彼はサッカー、テニス、モトクロス、ホッケーといろいろなスポーツに熱中してるけど、ある程度うまく行っていた。いまは格闘技に切り替えた。子どもたちは自分の道を選んで、自分の種目で楽しく感じているのだから、それをやらせ続けたい。私は今のところはサーシャ一緒に滑ります。


(サーシャが「くるみ割り人形」のショーでリンクに出てきた時はみんな驚きましたね。しかも、プレミアだけじゃなくて全公演に出られました。彼はまだ4歳だというのに!)

サーシャはスケートが好きみたいです。強制しているわけじゃありません。サーシャにはもうコーチもいますし、チームもあります。毎日練習に来ていますから。もちろんときどきサボりますけど、もう私が加わりますからね。「くるみ割り人形」についても、自発的なものです。サーシャがリンクに通って、子どもたちだけじゃなく大人ともしゃべったりして、プレゼントをもらったり、えらいねと言ってもらったりして、好きにならないはずがないじゃないですか!


(まったく恐怖とか遠慮とかはないのでしょうか。)


サーシャはみんなの前に出始めたのが早かったから、人生が違ったものでありうるとは知らないんでしょう。まさに昨日、「バルヴィハ(注:テレビ番組)」の収録があって、サーシャが初めて演台にでることになりました。朝リハーサルがあって、夕方は全部素晴らしくやりきりました。気後れもなく、まったく迷いもなく。それから私のところに戻ってきて、膝をついて、2人で収録を見ていましたが、サーシャはまるで大人みたいに「パパ、ねえ、僕はちゃんとできてた?」って訊いてくるんです。「もちろん、良かったよ!全部素晴らしかった!」っていうと、「じゃあ、アイスが欲しいな」って(笑)。アイスを買いに行かされましたよ。私たちはサーシャにプレッシャーをかけているわけではなく、サーシャはすべて楽しんでやっているんです。


(あなたはだいたいサーシャの歳くらいからスケートの練習を始められましたが、その条件はもっと厳しいものでした。)


でも私もスケートが好きでしたし、最初は誰もプレッシャーをかけたり、強制したりしませんでした…。


(将来性がはっきりとするときまでは、では…。)

私が何かできるとコーチが知ってからは、負荷がまったく別なものになるのは当然のことです。7歳で2回転半を跳んでいましたが、そのときにはこれが重要な指標でした。そのときにはもうコーチと母は方向付けをして背中を押してくれていました。それは当然のことで、アレクサンドル(サーシャ)についても同じだと思います。

続く

テーマ: フィギュアスケート | ジャンル: スポーツ

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