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マクシム・コフトゥン:自己実現ができていないという思いが、将来自分を食べつくすとわかった(前)

ご無沙汰しております。久しぶりにインタビューを訳してみました。
マクシム・コフトゥンの移籍劇についてですが、ロシアの事情がよくわかって面白いかとおもいます。

前後編で紹介します。

マクシム・コフトゥン:自己実現ができていないという思いが、将来自分を食べつくすとわかった


http://fsrussia.ru/intervyu/3729-maksim-kovtun-ponyal-chto-chuvstvo-nerealizovannosti-v-budushchem-menya-sozhret.html
2018/5/12 / オリガ・エルモリナ、タチヤナ・フレイド / ロシアスケート連盟

(マクシム、ロシア選手権のあと、休みをとりたいと言っていましたね。)


ええ、そういったのはまったく率直にです。何も考えずに状況から解放されたいと思いました。イリヤ・アヴェルブフのショーに参加して、親族と時間を過ごし、やりたいことをやっていました。

そのときは、自分の頭の中では、終わった、引退しようと決めていました。体重も増えました。ショーでは3回転しか跳びませんでした。それで自分には何の問題もありませんでした。「くるみ割り人形」では、ドロッセルマイヤーと、「招待客トレアドール」のソロナンバーと、2つの役を演じました。速着替えをしてまたリンクに入らなければならないんです。ショーでは照明が抑えられているので、暗い中で動いたりジャンプしたりする良い経験になりました。身体的にも、1日の3公演に耐える必要がありました。まったく、新年のマラソンでしたね。正確な数字は覚えていませんが、ペテルブルクでの2週間で大体40公演はありました。その時は、正直に言えば、この先どうするかは考えていませんでしたが、自分の中では引退していました。


(そのことについて、お父様はどう反応されましたか?お父様もフィギュアスケートのコーチをされていますが。)


「良かった」と言っていました。私のことをあまりに心配してくれていて、父だけでなく家族全員が心配してくれていました。でも、ロシア選手権のあとですが、文字通り毎日状況がひっくり返るような期間がありました。2月に父に電話して、復帰すると言ったとき、父は冗談だと捉えたようです。父はその電話の内容に本当に驚いたようでした。


(なぜ考えを変えて復帰すると決めたのでしょうか。)


ジェーニャ・プルシェンコと電話して、会って話しました。彼は、CSKAと決別したインナ・ゲルマノヴナ・ゴンチャレンコが自分のアカデミーに移籍したと言っていました。ジェーニャのところで練習を始める前に、家族や友人と相談しました。イリヤ・アヴェルブフにも意見を聞きました。イリヤは反対せず、これはチャンスだ、なぜもう一度やってみないのかと言ってくれました。

それまでにも、もしかしてCSKAに戻ろうかという考えが巡っていはいましたが、それを頭から追い出していました。そんなときに、ジェーニャやインナ・ゲルマノヴナ(ゴンチャレンコ)が動き始めたんです。練習ではジェーニャにとても力づけられました。感謝しないわけにはいかなですし、感謝していないように見られたくないです。

練習しようと提案してくれたことについて、ジェーニャ・プルシェンコに感謝しています。これがなければ、自分の人生はまったく違っていたことでしょう。


(しかし、以前はジェーニャと緊張した関係にありました。)

時間は過ぎるものです。ネガティブな感情は消え去るものです。それに拘る必要もありません。あのあと、ジェーニャとはこの時まで一度も交流をしたことがありませんでした。このことがあってから、会って、話して、実際の側面からお互いを見て、素晴らしい仲間だとわかったんです。

起こったことはすべて過去のものです。ジェーニャは最初の練習ですぐこう言いました。「この瞬間からお前は何者でもない。タイトルも地位もない。タラカニイ・ヴイセルキ村から出てきた単なるフィギュアスケーター、単なるマクシムだ。すべてをゼロから始めよう」。後ろを振り返る必要はなく、前だけを見るよう、ジェーニャは説得してくれました。それで、自分にとってはすべてが楽になったんです。練習しようという意欲が湧き出ました。

続く

テーマ: フィギュアスケート | ジャンル: スポーツ

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