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ユリヤ・リプニツカヤの特別講義(中編):「ママが言ったの。『モスクワに行って、うまくいかなかったら、そこで終りにしましょう』って」

前編に引き続き、リプニツカヤの特別講義(一問一答)の続きです。前後編のつもりが、思ったより後編が長かったので2つに分けました。後編はもう少しお待ちください。

スピルバーグ監督からの手紙の経緯をトゥトベリゼコーチが語ってくれましたが、なんか不思議な経緯ですね…知人預かりってどういうことなんだろう?

また、恋人の話になったときに、コーチがやりてのマネージャーばりにしゃしゃり出てたのが面白いですね。

しかし、この章の最大の注目点は、ユーリャがいかにしてエカテリンブルクからモスクワに上京してきたかという経緯が語られているところでしょう。すべてをなげうってモスクワに出てきた母と娘、壮絶な物語です。

区別するためにユーリャは口語、コーチはですます調にしていましたが、コーチばっかりしゃべっていてちょっと予定が狂いました。

* * *

ユリヤ・リプニツカヤ:「過去の功績でメダルがもらえるわけじゃない」


http://fsrussia.ru/news/1152_yuliya-lipnickaya-za-proshlye-zaslugi-medali-ne-poluchayut/

(「シンドラーのリスト」を監督したスピルバーグ監督との経緯を教えていただけますか?本当に手紙が来たんですか?)
(トゥトベリゼ)ええ、送られてきました。手紙は私たちの知人が持っているのですが、内容はわかりません。その手紙で、監督は、自身が映画で表現しようとした感情をユーリャがプログラム全体を通じてもたらしていたことに謝意を表していました。大家族皆が、3人の息子と4人の娘もユーリャが滑っているときに泣いたそうです。また、リプニツカヤがこの重要なテーマをプログラムとして取り上げてくれたこと、そして彼によって創りだされた赤いコートの女の子のイメージを表現できていたことに対しても、スティーブン・スピルバーグはとても感謝していました。ユーリャやお母様と家族でお会いして時間を過ごしたいとまで仰ってくださっています。私にとっても、ユーリャにとってもこのことは最大の賛辞ですね。おそらく、オリンピックの金メダルと同じような価値があります。スティーブン・スピルバーグ自身から、氷の上での姿の創造に対して感謝の言葉をいただくなんて、すごいことですよ。

(ユーリャはフリーでとても真剣な姿を演じましたが、まだたったの15歳です。そんな年の頃は、ふつうは多くの人が恋をするものです。ユーリャ、あなたの初恋はありましたか?)
(トゥトベリゼ)ありました。フィギュアスケートに。

(親しい人はいますか?)
友達は多いけど。
(トゥトベリゼ)多いということは、恋人的なものはいないということですね。

(あなたの成功の秘密をもう少し詳しく教えていただけますか?)
その質問には今日もう答えたと思うんだけど。
(トゥトベリゼ)実際は秘密なんてないんです。ただ練習するだけ。自分に文句を言わないこと。練習に来ても、疲れていたり、筋肉痛がしていたりなんてことはよくあって、通常のことです。
(リプニツカヤ)一昨日はそうだったかも。
(トゥトベリゼ)コーチが小言を言って、強制して、納得させることが必要です。学ぶ側は、やる気を出して練習を始めなくてはいけません。そうでないと、その日一日がうまくいかないことになります。私はいつも言っています。もし今日、私たちが前に一歩進めないのなら、一歩もどることなると。競争はとても激しく、他のスケーターたちはその一歩を進めているからです。

(ユーリャ、オリンピックについて初めて思ったのは6歳のときと言いましたね)
うん、そのとおり。
(トゥトベリゼ)ユーリャはこのオリンピックに向けて6年間やってきました。ユーリャとお母様がモスクワに着いたとき、そのお母様が「ねえ、その年がきたらオリンピックに出ましょう」とおっしゃったので驚きました。その時、私にとってはオリンピックはまだまだ先だったからです。ユーリャもまだ本当に小さな子供でしたし。でもまさにその瞬間に、どれだけ大きな責任が自分にかかっているのか理解したのです。こうした願いがあるのなら、それを実現させるために努力しないといけないと。

(ユーリャがお母様と一緒にエカテリンブルクからモスクワまで車で走ってきたという経緯は、おそらくみんな知っていると思います。あなたのところに面談に来るというのはご存知だったのでしょうか?)
(トゥトベリゼ)エカテリンブルクからユーリャのお母様が私に電話してきて、「モスクワに行こうと思っていますが、お会いいただけますか?」と尋ねてきました。私ははいと答えて、そしてお2人がいらっしゃいました。
(リプニツカヤ)面白かったのは、車でモスクワに来て3日後にトリプルトウループを練習で跳べたこと。人生で初めて跳んだんだから。
(トゥトベリゼ)あれには驚きました。そして、あとになって、彼女は本当に初めてトリプルトウを跳んだんだって知りました。

(ユーリャ、慣れ親しんだ人生のあり方を変えることは怖くありませんでしたか?)
単に何かを変えなくちゃいけなかっただけ。ママと一緒にアパートで座っていたのをよく覚えている。もうなくなっちゃったけど、大好きな部屋だった。そこでママが言ったの。「ユーリャ、全てはあなたの手の中にある。フィギュアスケートを辞めて、学校に行くのか、モスクワに行って観てもらうか。もしモスクワでうまくいかなかったら、それで終りにしましょう」って。
(トゥトベリゼ)ユーリャとお母様の話は、だれにでもそんな決断ができるわけじゃありません。ユーリャはまだ小さく、お母様のあとをついてくることは明らかでした。エカテリンブルクのアパートと持っていた物すべてを売って、車に乗ってモスクワに来たのです。何も知らずに、どこに行くのかもほとんど知らずに来たのです。大きな目標があったから、自分を試すために来たのです。

(お2人が「通り過ぎた橋を燃やした」ことはご存知でしたか?)
(トゥトベリゼ)知りませんでした。そのときはまだほとんど何も知らなかったので。でも、ユーリャのお母様は本当に強い人間です。支援を求めたことは一度もありませんでしたし、大変だとおっしゃったこともありません。スポーツ学校が家族を支援するようになったのはそんなに前のことではないのです。家賃を払ってくれるようになったのも、たしか3年前からか、もうちょっと短いくらいだと思います。お2人は2人でなんとか暮らしてきました。生活は本当に楽ではなかったと思います。目標に到達するためだけに、すべてを手放してきたからです。

(つづく)

テーマ: フィギュアスケート | ジャンル: スポーツ

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コメント

感動しました

いつも拝見しています。この内容は思わずぐっときました。ソト子といい、リプといいロシアの子の強さが分かるインタビューですね!翻訳ありがとうございます。続きも楽しみです。

2014/03/19 (Wed) 17:58 | こたママ #JalddpaA | URL | 編集
No title

いつも素敵な記事をご紹介していただきありがとうございます。
リプニツカヤ選手に興味がありますので、このような記事は大変貴重です。後編も楽しみにしています。

2014/03/19 (Wed) 14:00 | うさこ #mQop/nM. | URL | 編集

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