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コンスタンチン・メンショフ:「15歳のころにはお金が稼げるようになったので、少し楽になった」

1ヶ月も前ですが、サンクトペテルブルクの建設ポータル「クトー・ストロイト・ルー」に、コンスタンチン・メンショフのインタビューが掲載されていました。(おそらく)彼女のマリヤ・アルテミエワと一緒に新居で写っている写真が微笑ましいですね。

後半部分は新しいマンションをどうやって決めたかという技術論?が中心なので省略しましたが、白眉は前半部分!メンショフさんも、やはりソ連崩壊当時は生活が大変だったんですね。15歳でお金が稼げるようになって生活が楽になったと言っていて、少し驚きました。

前半部分について抄訳しましたので、ご参考まで。

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コンスタンチン・メンショフ:「自分たち自身で叶える夢」


ナタリヤ・クズネツォワ
http://ktostroit.ru/news/interview/216651/

ソチでの冬季オリンピックが終わりを迎える中、ある都市テレビ局が、ペテルブルクのフィギュアスケーターであるコンスタンチン・メンショフについてのドキュメンタリーを放映した。2010年のロシア選手権金メダリストでオリンピック・チームのメンバーであり、まさに先月欧州選手権の銅メダリストとなった人だ。

新しいマンションの購入がメンショフのプライベートにおいて、最も大きな出来事の一つとなった。「建てる人」誌の質問に対し、コンスタンチンは親切に回答することに応じてくれて、たった今リフォームを終えたばかりのマンションを見せてくれた。

(あなたのスポーツ人生はどのようにスタートしたのですか?どうしてフィギュアスケーターになったのですか?)
子どもたちはみんなそうだと思うけど、両親がスケート場に連れてきてくれたんだ。私と兄の2人を。双子の兄がいるんだ。遊ぶために連れてきてくれたんだけど、同時に、健康になるためでもあった。私は子供の頃よく扁桃腺炎にかかっていたから。それで、私がもっと頻繁に新鮮な空気を吸わなくてはいけないと、両親は「毒をもって毒を制す」という医者の薦めにしたがって決めたんだ(リンクは屋外リンクだった)。兄と違って私は全てあまりにうまくできていたものだから、最初のコーチであるガリーナ・ヴァレンチノヴナ・カシナが、「ユビレイヌィ」体育施設の教室に移したほうがいいんじゃないかと両親に勧めたんだ。そこでは子どもたちは真剣にフィギュアスケートの練習をしていた。地元の屋外リンクと違ってね。こうやってキャリアが始まったんだ。

(今日、フィギュアスケートは、子供のレベルでさえも、練習費用がもっともかかるスポーツの1つです。そのときはどんな感じだったのでしょうか、また両親にとってはどのくらい大変だったのでしょうか。)
そのころはまだスケートはかなり単純だったよ。練習や装備品はほとんどお金がかからなかったし、教室代も手が届くものだった。私も一番簡素で安いスケート靴で滑っていた。もしかすると、私を毎日練習に連れて行くのがちょっと大変だったかもしれない。モリス・トレズ大通りに住んでいてたから。一番つらかったのは1990年代だ。その頃父は仕事を変えて、できる限りで飛び回っていた。父が自動車事故にあって何年か働けなくなってしまったときは、家族みんなを母1人で引っぱっていた。そんなときでさえ、私達家族のすべては私中心で回っていたんだ。私の練習と大会のために。そのことについて、両親に感謝している。15-16歳の頃には少し楽になった。小さな子どもたちを教えるコーチを手伝ったり、プライベート・レッスンをしてお金を稼げるようになったから。その頃稼げていたのはほんの少しだったけど、それでも必要だったんだ。

(自分のマンションを持って、完全に独立すべきだと思ったのはいつ頃ですか?)
もう大人で、両親と独立して住むべきだという意識はかなり早いうちからあったけど、それを実現するのは不可能だった。最初のマンションは数年前に買ったんだけど、すでにロシア代表チームのメンバーとなっていて、それなりの財政支援があったからだ。マンション探しと購入のイニシアティブを握っていたのは、その時つきあっていた彼女だった。彼女が自分で建設会社や地域、マンションと間取りを選んだ。建設中のマンションを買うのにローンを組んだんだ。マーケットではエコノミークラスの手頃な住居を提供するので有名な会社だった。3年後にはローンを返し終えて新しい住居に入る予定を組んでいた。でも、引き渡しの頃にはその女性とももう別れていて、彼女にその部屋を渡したんだ。私は両親のところに戻ることができたけど、彼女には住むところがなかったから。この初めての3年間にわたるローン返済と、建設完了を待っていた経験を経て、次のマンションは整備されている地区にすでにできているのにしようと決めた。おそらくかなり高いものにはなるだろうけど待つのはもう嫌だし、言わばベルトをきつく締める用意はできていたから。

(後略)

テーマ: フィギュアスケート | ジャンル: スポーツ

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