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エヴゲニー・プルシェンコ:もう急がないように!(後編)

先日掲載したプルシェンコの記事について、後編をお届けします。ちょっと遅れてしまいましたが。

* * *

もう急がないように!


エヴゲニー・プルシェンコ
http://www.ruspioner.ru/cool/m/single/4162

(続き)

手術でわかったのは、おかげさまで新たに加える必要はなく、ただ壊れたものを取り除く必要があるということだった。ボルトを抜くために穴をうがつと、骨の一部がそれでも剥がれたけど、医師はそれを元に戻して、あとは癒着するのを待つだけだ。手術がうまく行って、腰にはもうボルトがなく、ポリマー椎間板が筋肉と関節をすっかり覆っていたことに喜んでいる。あとはただ待って、正しいリハビリをするだけだ。いま大事なのは、3ヶ月間待ち通して練習も何もしないこと。

いったいどうやって1回めの手術のあとに練習ができたのか、チタンボルトが僕の体重をどうして支えられなかったのかという疑問が、多くの人の舌の上をぐるぐる回っているかもしれない。僕の外科医は、素晴らしい心理学者でもあるようだ。最初はこんな感じだった。脊椎の構造を強化するためにちっちゃいボルトを入れると彼は言った。そのとおりに言ったんだ。僕はなにかミクロ的なものだと思ってたんだけど、後になってボルトを見せてもらったら、4.5センチもあったんだ。彼には感謝したよ。ボルトがこんなに大きいなんてことや、強い負荷がかかると壊れるかもしれないなんてことを教えてくれなくてありがとうって。

もしそんな危険性があるということを知っていて、ボルトがこんな醜悪なものだと見てしまっていたら、オリンピック前の手術に同意しなかったかもしれない。リスクをとらずにその時に引退を決めた可能性も否定できない。

ボルトは、言っているとおりチタン製なんだけど、僕は練習で50回ジャンプをするとそのうち20回は4回転だ。ジャンプの数は手術後かなり増えたんだ。実際はゼロから始めたようなものだったから。技術も失ってしまって、筋肉も弱くなり、ジャンプだけでなくジムでバーベルを挙げたりもしなくてはならなかった。手術後、また新たに4回転の跳び方を習得していったんだけど、ひどい転倒や問題のある着氷もあった。4回転ジャンプというのは、脊椎への負荷レベルで言うと、2階から着地するようなものだ。だからチタンでさえ…。

1回めの手術のあと3・4ヶ月してからスケートで滑り始め、体力トレーニングにも真剣に取り掛かった。頭にあったのはオリンピックへの準備だけだったから、空白を待ちきれなかった。去年、オリンピックに向けた準備をしながら待つということができなかったんだ。もし待ってしまったなら、エレメンツの1つも取り戻せず、プログラムを滑りきることもなく、4回転もできなかっただろう。だから、ロシアのため、オリンピックの金メダルのために自分の体を犠牲にせざるを得なかった。でも、後悔はまったくない。だから、素直に認める。それでも僕は自分を誇らしく思う。自負と、どこか喜びも感じている。人生とスケーターとしてのこんなに困難なステージを通過できたということに。僕はこの歴史に勝者として名を刻んだ。

治療して、また新たに意志と体をふりしぼらなくてはいけない。僕には大きな計画がある。やっぱりロシア中でショーツアーに出かけたい。9月か10月に延期になってしまったけれども。ファンのみんな、応援してくれた人たちと会って、オリンピック・プログラムを滑りたいんだ。

医師が最後に僕に言ったのは、急ぐ必要はないということだ。
「次のオリンピックまでまだ4年あるから、もう急がないように!」

テーマ: フィギュアスケート | ジャンル: スポーツ

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