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エレーナ・ブヤノワ:「ソトニコワは、何が欲しいかをいつも知っていた」(2)

先日掲載したブヤノワコーチのインタビュー記事の続きです。今回は、アデリナが大会で演技がなかなかまとめられなかったこと、国別対抗戦の代表から外されたことについて語っています。日本から帰ってきてもうやめようと思っていたこと、国別対抗戦から外された時のアデリナのこと、読みながらとてもつらかったです。

たぶん、あと2回続くと思います。

* * *

エレーナ・ブヤノワ:「ソトニコワは、何が欲しいかをいつも知っていた」


http://winter.sport-express.ru/figureskating/reviews/43758/
エレーナ・ヴァイツェホフスカヤ

(続き)

(このシーズンは、グランプリ・ファイナルでも完全な失敗でしたしね)
そのときは、日本から帰ってきてキャリアを終えようと思っていた。もうほとんどあきらめかけていた。ソトニコワ自身も含めて、みんな。この先、どう行けばいいんだろう?ただ誰もわからなかった。練習ではアデリナはミスしないのに、実際は2つのプログラムを揃える能力がないまま時間ばかりが過ぎていくことが。記者の待つミックスゾーンにいったいどうやって出続けることができるのか?何を話せばいいのか?

私は、プロとして全く不適格だったけど、どんなに努力してもこの終わりのない失敗のプロセスを止めることが出来ず、昼も夜も自分に言いがかりを付けていた。アデリナも全く同じで自分を責めていた。はっきりと言えるのは、12月の時点では、2人とも、練習をつづけることよりも、滑るのをやめてこんな悩むのを止めたいと思う気持ちがかなり強かった。

(でも、実際はやめませんでしたね)
それは、もう1度だけ試してみようと決めたから。最後に。アデリナには本当に感謝している。彼女と一緒に私は多くのことを学んだ。彼女の失敗によって、私は常に考えを巡らすよう奮い立った。彼女が決して反抗しなかったというのが重要だった。私が何を提案しても、何を考えついても、不平を言わずにすべてをやってくれた。こういった状況で、やり場のなさからスケーターとコーチが別れてしまうことはよくある。しかも、それがうまくいくこともあるから、私もそういった態度を理解した可能性も十分ある。でもアデリナは我慢強く私とともに歩んでくれたし、しかも、常に足並みを揃えて進んでくれたイメージ。

タチヤナ・アナトリエヴナ・タラソワは、全部を見ていてくれて、あるとき私にこう言った。「レーナ、これだけ練習して何もないということはない。いつか絶対にすべてが大きな結果へと流れ出るから、信じなさい」と。

(しかし、「武器」は最後に火を吹きましたね?しかし、率直に申し上げると、いまでも理解できないのは、いったいどうやってスケーターを戦闘状態に仕上げられたのかということです。国別対抗戦の代表から外れたというのに)

代表から外れたというのが問題ではない。それがどのようになされたかが問題だった。私は代表チームでオリンピックに向けて2人のスケーターを教えていた唯一のコーチだった。1人は出場が予定されていて、もう1人は補欠でしたが。当然、私はどこに向かって仕上げていくかを正確に知っていなければならなかった。2月9日なのか、19日なのか。モスクワの地方大会に行くという話ではないのだから。

もちろん、とても神経にさわることだった。今ならわかるけど、ソトニコワに対して、事前に国別対抗戦に出るということを言ったのは私の間違いだった。私のところにはまさにそういう情報があったから。その後数日して、ソトニコワが代表に入っていないことを知った。

このことをアデリナに話したら、戦う準備で音を立てていたような人間が、まさに私の目の前で、空気の抜けた空っぽの殻だけになってしまったように見えた。彼女から人生すべてが消えてしまったような。でも、彼女をあわれむ権利は私にはなかった。そんな同情を1滴でも許してしまったら、彼女をまた「集める」ことが二度とできなくなってしまうと理解していたから。自分も同じことだったけど。

でも私はあまりに自分の責任を感じていたから、アデリナの目を見ることもできなかった。彼女を裏切ったと思った。こんな風に状況が展開するとは予測できず、チャンスを守ることが出来ずに失ってしまったと…。

まさにそのとき、初めてプレッシャーが急に大きくなった。

(続く)

テーマ: フィギュアスケート | ジャンル: スポーツ

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