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アレクサンドラ・プロクロワ:大好きな浅田真央や羽生もいる日本のGPFに出るために全力を尽くさないとと思った

ゴンチャレンコ・コーチのインタが終わっていませんが、教え子の1人のプロクロワのインタがロシア・スケート連盟のサイトに掲載されていたので紹介します。

プロクロワ、浅田のことが好きなんですね~。日本開催のJGPFに出られて、浅田の練習風景が見れてよかったね。あと、プルシェンコに表彰されて舞い上がってたスケーターが、同じ大会に出るようになるというのも感慨深いものがありそうです。

* * *

アレクサンドラ・プロクロワ:「両親が私にスケートをやらせてくれたことを嬉しく思う」


http://fsrussia.ru/intervyu/118-aleksandra-proklova-rada-chto-roditeli-otdali-menya-v-sport.html
オリガ・エルモリナ

2014/15シーズンのジュニアグランプリシリーズ開始まで2ヶ月をきった。大会には言うまでもなくロシアの若いスケーターたちも出場する。それぞれのスケーターについてより知ってもらうために、連載を計画している。まずはアレクサンドラ・プロクロワ、インナ・ゴンチャレンコの教え子が、ロシア・ジュニア代表チームの若いスケーターたちの話の第1話となる。シーズンを通して、他のスケーターについてもお伝えできるよう努めたい。

サーシャ・プロクロワ、あるいはインナ・ゴンチャレンコ・コーチが呼ぶようにシューラとは、ノヴォゴルスクでの合宿所で会うことができた。プロクロワは担当医の診断からこの日戻ってきたところだ。生きてはいられるみたい、と冗談を言っていた。レコーダーをオンにする前からサーシャは話はじめた。それでは、ラグビー、バレー、ダブル・アクセル、浅田真央、エヴゲニー・プルシェンコ、「スパイ」と「火の鳥」について、アレクサンドラ・プロクロワが語る。



(サーシャ、最初に確認しておきたいのですが、女優のエレーな・プロクロワの親戚ではないんですか?)
いいえ、名字が同じなだけ。俳優一家ではない。パパも昔はアスリートだった。パパの名前をとってサーシャと名付けられたの。

(何のスポーツをやってらっしゃったのですか?)
ラグビー。真剣にやっていて、ソ連チャンピオンだった。

(だからあなたにもスポーツをやらせたのでしょうか?)
そのためもある。子供の頃から私はとても活発だったから、私のエネルギーを必要な流れに向かわせようと両親が決めたの。4歳になったとき、私が何をしたいかって両親が訊いてきた。体操か、フィギュアスケートかって。私はすぐにフィギュアスケートを選んだ。だって、ママはスケートがおかしいくらい好きだったから。一緒にテレビでフィギュアスケートのいろんな大会をよく見てた。そのスケーターたちのようにジャンプしたりスピンをすることを覚えたいと本当に思ってた。うちに一番近いスケートリンクがCSKAだったから、そこのオクサナ・ウラジミロヴナ・リャシネフスカヤ・コーチに預けられたの。

最初の大会のことを覚えてる。第1滑走で1位をとった。本当に嬉しかった!コーチも褒めてくれたしね。

(大会に出るのは怖くなかったですか?)
その反対。観衆の前で演技するのはいつも好きだった。それでエネルギーをもらって、興奮するの。拍手されたり、応援されたりことが大好き。初めて表彰台に上って、賞状やメダルをもらったときのことを今でも思い出す。まさにその瞬間に、もっともっと練習したいと思った。もっと努力して練習するようになった。そんな風にしてすべてが始まったの。

(最初のコーチから離れたのはなぜでしょうか?)
オクサナ・ウラジミロヴナ(・リャシネフスカヤ)がクルィラツキー地区の学校に移ってしまったんだけど、そこまで通うのは渋滞のせいで都合が悪い。しばらくのあいだちょっと悲しかった。だって、リャシネフスカヤ・コーチにとても慣れてたから。でもインナ・ゲルマノヴナ(・ゴンチャレンコ)・コーチに移ったけど、彼女は素晴らしい人だとわかった。大好きなの。

(どうしてですか?)
インナ・ゲルマノヴナ(・ゴンチャレンコ)は、何でもはっきりしてて、整理されていて、正確。なんでもすごくわかりやすく説明してくれるから、理解できないなんてことがない。彼女は怒ることも、褒めることも、いたわることもある。もうコーチのところで5年滑ってるけど、その間にコーチは私のことを完全に理解してくれた。

(最初のうち、一番難しかったのは何ですか?)
「ドゥペリ」、ダブル・アクセル・ジャンプができるようになるのがとても難しかった。たぶん、1年は学んでたと思う。インナ・ゲルマノヴナ(・ゴンチャレンコ)と一緒にさんざん悩んだ。ダブル・アクセルではいつも転倒。がっかりして泣くこともあったくらい。でもまた起き上がって、またやってみて、そしてまた転倒。ジャンプの出がどうしても上手くいかなかった。でもあるとき、リンクの夜の部があって。その日はたくさん練習したから、とても疲れてて、「今ぜったいダブルアクセルやってやり遂げてやろう」って思ったの。全力を集中して、すべての怒りを持って入って、跳んだら上手く行った。

インナ・ゲルマノヴナ(・ゴンチャレンコ)と一緒にどんなに喜んだことか!どんなに幸せだったことか!ママのところに行って、やっとこのダブルアクセルができるようになったって言った。それでみんな本当に喜んでくれて。ママも、妹も、パパも。

パパとはお互いにすべてを言わなくても分かりあえる。アスリートとしていつもプロの助言をしてくれるし、物事を説明してくれる。両親のサポートが私にとってはとても大切。両親の応援は、子どもたちみんなに必要だけどね。

(インタビューの最初に、ジャンプとスピンを覚えたかったとおっしゃっていましたが)
ええ、子供の頃からスピンが好きだった。好きじゃないって人も多い。目が回るかもしれないから。でも私はいつもスピンを喜んでやってた。スケーターたちがどうやってスピンをしているのかいつも見てた。ビールマンやレイバックとか、真似してみようとしてた。

(じゃあ、ステファン・ランビエールは好き?)
芸術性や滑り方が大好き。何か自分のもの、オリジナリティがあるから。

(ロシアのスケーターでは誰を尊敬していますか?)
ロシアのスケーターはみなさんとても興味深いし、それぞれがそれぞれに能力がある。でも私の記憶に刻まれているのは、ボルゴグラードの大会。エヴゲニー・プルシェンコが表彰してくれたの。プルシェンコの手から表彰されるなんて、私にとってはすごい名誉なこと。もちろんその後一緒に写真を撮って、サインももらった。

昨シーズン、プルシェンコと一緒にロシア選手権に出た。細かいところまで全部覚えてる。ボルゴグラードでは感動しながらプルシェンコのことを見ていたけど、今はもう一緒に大会に出場している。

ロシア選手権のときに、プルシェンコとちょっと喋った。成功を祈ってくれて。ねえ、エヴゲニー・プルシェンコその人がだよ!本当に嬉しかった。

オリンピックでもプルシェンコを応援してた。ロシアのスケーターみんなを応援してたけどね。とっても嬉しかった。オリンピック代表に選ばれるには本当にたくさん練習をしないといけないとわかった。いつか私も出られたらと思う。

(昨シーズンはジュニア・グランプリ・ファイナルにまで突破されました。フィギュアスケートのエリートが参加するところですが、そこから何を得ましたか?)
グランプリ・ファイナルが日本で開催されるって知って、そこに行けるよう全力を尽くさないとと思った。ずっと日本に行きたいって夢があったから。

(日本に行くというのが大きなモチベーションになったと?)
それじだけじゃない。そんなレベルの大会に参加したいと本当に思ってた。大好きな浅田真央も、羽生も、他の人たちもいて…。面白いし、違ったレベルで違った経験になる。

グランプリ・ファイナルは私にとってプラスだったと思う。自分のために多くのことを汲み取ることができた。浅田真央がウォームアップしているところ、調整しているところを見てた。とても集中していて、すべてが自分の中にあるようだった。誰とも話さずに、何かを考えていたようだった。コーチだけがそばにいて。

スケーターはみんなそれぞれのやり方で大会に臨む。音楽を聴く人もいるし、おしゃべりをしたり、気晴らしをする人もいる。私は、真央と同じように、自分の中へと入り込む。

そういえば、スケーターで誰が好きかって訊かれてたよね?外国のスケーターだと、カロリーナ・コストナーが好き。コストナーのプログラムの表現と言ったら!おとぎ話みたい!彼女みたいにたくさんのことをしてみたい。練習して、努力する。うまくいくといいんだけど。

(あなたご自身がよく覚えているプログラムは何ですか?)
最初のプログラム。「バラバンシッツァ(ドラマー)*」を滑った。赤のドレスに、金色の刺繍の入った白い騎兵靴。そのプログラムが大好きだった。最初だったし、はらはらした。あと、初めてダブルサルコウを跳んだプログラムだからよく覚えてる。

*ソ連時代の演劇

あと、もちろん「ドン・キホーテ」ね。音楽が大好き。バレエが好きだから。何度も見た。

新しいプログラムの振付が始まる前に、いつもその音楽を何度も聴くようにしてるし、もし音楽が映画の曲だったら、その映画を見る。作者がどんな感情を伝えたいのか…歓びや悲しみや…理解しようとしてる。それで、自分の一部を絶対にプログラムに加えようと努力する。そんな風にしてイメージが出来上がってくる。

コーチや振付師が言うことを機械的にやってはいけない。絶対に何か自分のものを提案して加えなくては。それが本当の仕事というもの。

(来シーズンは「スパイ」と「火の鳥」ですね)
完全にスパイというわけじゃない。「スパイ」の映画からタンゴを取った。他の音楽の一部を組み合わせて、いたずらっぽいタンゴができた。そこで私は男を誘惑するいたずらっぽいダンサーの姿として現れる。

火の鳥はぜんぜん違う。ヤナ・ホフロワとセルゲイ・ノヴィツキーのプログラムが大好きで、インナ・ゲルマノヴナ(・ゴンチャレンコ)と2人でこの音楽を選んで、アイディアに夢中になった。このプロだと私は全然違うの。スタイリッシュな感じ。飛び立とうとするけどできない燃え上がる不死鳥を表現しようとしてる。傷ついて、燃え上がりすべてを焼きつくすけれども、苦しみを乗り越えて空へと舞い上がる。すべてが良い終わり方。

プログラムはとっても気に入ってる。芸術面だけじゃなくて、技術面でもサプライズを用意してる。まだ秘密だけどね。

(来シーズンをどう見ていますか?)
まずはプログラムを滑りこんで、ジャンプ、スケーティング、スピンを全部戻さないといけない。予定した通りにプログラムを描くこと。クリーンで安定した滑りを見せること。要するに、全てが素晴らしくなるように。

(フィギュアスケートはあなたにとって全てですか?)
バレエも楽しんでる。バレエシューズも持ってる。家の中で履いて歩いてみたこともある。バレエ、大好き。「ドン・キホーテ」「くるみ割り人形」…。劇場にはそんなに頻繁には行けないけど、インターネットを開いて、バレリーナが踊るのを見てる。美しすぎる!

(フィギュアスケートがなかったら、バレエに行ってたかもしれませんね)
なんでもあり得るけど、今は私はフィギュアスケートにいる。スポーツから得るものは多くて、性格も鍛えられるし、困難を乗り越えることを教えてくれる。結果に到達するためには、人は自分の中に軸を持たなくちゃいけない。スポーツだけじゃなく、勉強でも、人生でも、何かを達成するためには内部が強くないと。両親が私にスケートをやらせてくれたことを嬉しく思ってる。

(強い人間のような印象を持ちましたが)
ありがとう。でも、何かに向けて準備をしていてうまくいかないと、がっかりして悔しくなることもよくある。でも、それでも私はぐずでも弱虫でもないと思ってる。少しずつ自分の中の軸を作っているところ。この先しなくちゃいけないことも多いけどね。

テーマ: フィギュアスケート | ジャンル: スポーツ

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