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浅田真央。何百万人の崇拝の的が持つ信念(1)約束されたオリンピックの頂点の運命にはそれでもかなわなかったが、日本中が夢中になるフィギュアスケーター

R-Sportの特集記事「Sportstories」で、誕生日に合わせて浅田真央の特集記事が組まれていました。基本的に浅田についての紹介記事になっています。

ちょっと長いので分割しつつ紹介しますね。急いで訳したのでちょっと粗いかもです。

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浅田真央。何百万人の崇拝の的が持つ信念


http://sportstories.rsport.ru/ss_person/20140925/775017377.html
Sportstories / R-Sport

浅田真央は9月25日に24歳を迎える。Sportstoriesは、約束されたオリンピックの頂点の運命にはそれでもかなわなかったが、日本中が夢中になるこのフィギュアスケーターについて述べる。

誰でもいいからスケーターに尋ねてほしい。フィギュアスケートが最も人気のあるのはどこかと。99.99%の場合、それは日本だという答えが聞けるだろう。参考までに、最近までフィギュアスケートでのオリンピック・メダリストは、たった1人だった。1992年、アルベールビルで伊藤みどりが銀メダルを獲得している。その後、荒川静香が史上初めて日本に2006年五輪の金メダルをもたらしている。浅田真央は2010年バンクバーで銀メダルを獲得しているし、高橋大輔もそこで銅メダリストとなっている。2014年のソチでは羽生結弦がオリンピック金メダリストになった。2度の世界女王である安藤美姫のことも思い出したい。しかし、言ってみれば、この日出る国のスケーターで「報われた」者はこれ以上いない。「報われた」というのは、オリンピックで、という意味だ。

ロシアのスケーターであるエヴゲニー・プルシェンコは、その勲章を見せたり、並べたりする必要もなく知られている。2014年オリンピック後、アデリナ・ソトニコワの名前を覚えた人も多く、街中や店でユリヤ・リプニツカヤやタチヤナ・ヴォロソジャル、マクシム・トランコフを見分ける人も増えた。しかし、このスケーターたちがロシアの国家的英雄、アイドル、何百万人も崇拝の的になるような状況はまさか想像もできない。私はロシアのスケーターたちの功績を貶めるわけではないが、彼らの人気はオリンピックの瞬間のものであり、その後だんだんと忘れ始められていることを確認せざるをえない。「なぜ?」という疑問はもうそろそろ修辞的疑問のリストに入れるときだろう。なぜなら、納得できる答えをまだ1度も聞けていないから。事実は事実だ。ロシアのスケーターで、演技に使用したコスチュームを飾る個人の展示会を開いて見せつけることができるスケーターはそう多くない。みんなが自分のショーを持っているわけでもなく、ホットドッグや寿司に名前が付けられたと覚えられる人もまったく多くはない。23歳までに自身の服のブランドを持てるわけでもない(しかも、単なるTシャツや安いアクセサリーではなく、着物のブランドだ)。そして、最後にSNSでの火が消えない人気に関しても付け加えよう。2014年オリンピック開催期間中にツイッターで最も議論され言及されたのが、浅田真央の名前だった。彼女については今日でも私たちのスケートの歴史の中で語られている。

ソチ・オリンピックは、この突出した日本のスケーターにとって、最後の白鳥の歌になるはずだった。しかし、多数のファンにとってはほろ苦いことに、ソチのリンクで浅田は死にゆく白鳥を見せてしまった。2010年バンクーバーの銀メダル後の4年間をかけて到達を目指した目標には、とうとう到達できなかった。

そう、浅田は自身のフリープログラムの滑りで、長年それに向けて彼女が歩んできた、何か素晴らしいものに届いたと語った。ただ、観客、ファン、それだけでなく彼女のコーチでさえも、起こったことを正しく述べる言葉は見つからなかった。ラフマニノフの交響曲第2番のフリープログラムを、浅田が一分の隙もなく滑ったとは言えない。回転不足もあったし(大体において浅田にとって新しいことではないが)、PCSはそれほど高くなかった(この問題は、浅田にとって以前は起こらなかったものだ)。しかし、最近浅田のプログラムの頂点になりつつあったのは、トリプルアクセルを跳ぶことだった(少なくとも、観客の大部分にとっては)。トリプルアクセルは最も難しいジャンプで、浅田が長年、たった一人で戦ってきたジャンプだ。戦ってきたというのは、このジャンプをプログラムに入れる女子スケーターが世界中で彼女以外にいないという意味でだ。以前、浅田はプログラムで2回のトリプルアクセルを跳んでいた。鉄の女とも言える。

しかし、まさにこのアクセルがソチでの躓きの石となった。ショートプログラムでのこのジャンプの転倒が、彼女をなんと16位へと投げ落としてしまったのだ。彼女がどうやって2014年2月19日から20日にかけての夜を耐えたのか、私たちにはとても理解はできないだろう。奇跡をもってしても浅田が表彰台に述べることを助けられなかっただろう。フリーの結果は4位で、総合ではたったの6位にとどまった。しかし、ただ彼女のフリープログラムの滑りを見て、演技後の彼女の感情を見れば、それで十分だ。彼女が、いかに途方もない浅田真央なのか、理解するためには…。

続く

テーマ: フィギュアスケート | ジャンル: スポーツ

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2014/10/12 (Sun) 02:49 | # | | 編集
No title

いつも記事を楽しく読ませていただいている、浅田真央とロシア大好きな一フィギュアファンです。
このお誕生日に掲載された記事を翻訳していただき、とてもありがたく思っています。
続きも楽しみにしています。

2014/10/09 (Thu) 22:53 | chii #- | URL | 編集
ありがとう

真央ちゃんのロシアの記事を訳して下さり有難うございます。
記事の続きを楽しみにしてます。

ロシアの記事は真央ちゃんがフリー4位と間違って書いてますね(泣)3位なのに、海外記事だから仕方ないけのでしょうね。

2014/10/09 (Thu) 21:04 | 名無し。 #RaJW5m0Q | URL | 編集

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