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ロシア記事:男の歴史 - ヴォロノフ・フェルナンデス・羽生

男の歴史 - フィギュアスケート・グランプリファイナルでセルゲイ・ヴォロノフが3位に


http://www.gazeta.ru/sport/2014/12/14/a_6341761.shtml
エカテリーナ・クリニチェワ


バルセロナでのフィギュアスケート・グランプリファイナルが終了した。ロシア代表への最後のメダルをもたらしたのはセルゲイ・ヴォロノフだった。ソチ・オリンピック金メダリストの羽生結弦と、2度の欧州選手権金メダリストのハヴィエル・フェルナンデスの2人だけに譲って。

グランプリファイナル男子の表彰者は3人の背後には、それぞれの経緯があった。

例えば、セルゲイ・ヴォロノフ。皮肉屋で、その素晴らしく整えられた言葉遣いのためジャーナリストにとても愛されている。彼の人生にフィギュアスケートがなかったとしても、演説の芸術と、公衆の面前に立つ能力を要求するような何らかの平和な職業を簡単に見つけられただろう。

27歳でヴォロノフはすでに、何人かでも十分であるような数のキャリアの再スタートを1人で経験している。多数のコーチを変えてきているが、その中にはアレクセイ・ウルマノフやニコライ・モロゾフもいる。彼らとの協力関係は短く、かなり失敗に終わり、あやうくセルゲイのキャリアを永遠に葬り去るところだった。しかし、誰とも完全な相互理解を見つけることはできなかった。もしかすると、自分に十分な信頼を見ていなかったのかもしれない。

数年前、ヴォロノフはエテリ・トゥトベリゼとセルゲイ・ドゥダコフのチームに入ることになった。そしてここでようやく意見の一致が起こったのだ。ジャンプを取り戻し、2つ目の4回転を積極的に試すようになり、そして、まだ安定はしていないが、自身にとって最大の問題であった3Lzへの対処を学んだ。アカデミックさは影を潜め、かつてトゥトベリゼが言っていたように、「足さばきにおけるより大きな語彙力」を身につけた。現代の要素的フィギュアスケートにおいてかなり必要不可欠な質の高いつなぎを。

そして、一番重要なのは、可能性と練習する刺激を得たことだ。彼の世代は見通しがなく、すでに天井に達したと多くが公然と考えていることに注意を向けずに。

ヴォロノフの昨シーズンはユーロで終わったが、そこでいきなり2位となった。しかし、オリンピックにも、日本でのワールドにもセルゲイはあえて送られず、チケットはエヴゲニー・プルシェンコとマクシム・コフトゥンへと与えられた。ヴォロノフには、今後も練習するための刺激として、ソチのゲスト登録だけが残された。

昨日、有名なバイアスロンのコメンテイターが話すように、疲れを見せる中でセルゲイは、心から、いつもの皮肉の影を見せずに、スケートなし、リンクでは生きられないと発言した。このことは、多くのことを説明してくれた。

今シーズン、ヴォロノフはトゥクタムィシェワとだいたい同じ道を進んできた。プレシーズン・オープン・スケートで観衆の前に最初に現れたときから、成長の見通しがあり、信頼でき、華やかかつ安定したフィギュアスケーターとしての評判を、レンガのように新たに積み上げながら。このグランプリファイナルに進出するためだけに、彼にとって、4回ミスなく滑ることが必要だった。おそらく、バルセロナでのファイナル出場者のだれよりも多い回数が。またチャンスを待ちうけながら、スペインのリンクでさらに2回。そして、チャンスをものにした。

銀メダルはハヴィエル・フェルナンデスで、ショートの5位から総合2位へと駆け上った。たった数年の間に、ニコライ・モロゾフのチームで「ヌー、パガジー!」※の曲で滑っていたひょうきんなスペイン・ボーイから、ソチ・オリンピックのメダル候補にまで駆け抜けたスケーターだ。彼をそうしたのは、あのカナダのコーチ、ブライアン・オーサー。

※管理人註:「ヌー、パガジー!」はソ連・ロシアのアニメ。Wikipedia
 ハヴィエルが滑ってた映像は↓
 http://moscowm.blog61.fc2.com/blog-entry-77.html

グランプリファイナルの直前に、ハヴィと有名な元スケーターで、2度のワールド金メダリストである日本の安藤美姫は婚約を発表した(※ママ)。つまり、この魅惑のマドリード出身のハヴィは、愛する女性との人としての幸せも手に入れたということだ。この幸せに向かってかなり長い間あたためてきたとも言われている。今や安藤は、感動的に、同時に彼女らしくよけいな甘さもなく、SNSでフェルナンデスを応援している。

スペインにとって国のスケーターの成功がどれだけ大きな意味を持つのかについては、こんなエピソードでもわかる。ジャーナリストの1人が大会終了の記者会見でこんな質問をした。「どうかスペイン語で質問させてください。グランプリファイナルの終わりに、母語で話す理由と機会ができたのは初めてなので…。」

そして最後に、優勝した羽生結弦だ。ソチ・オリンピック金メダリストで、日本の幻想的な氷上のピーターパン、その純粋さで魅了する男の子は、自分の限界を超えた。羽生はこのファイナルにもう少しで進出できないところだったが、ホームでのグランプリ大会で少し意図的にファイナルに引っ張りだされた。

このブライアン・オーサーの教え子は、最初の上海大会のフリー前のウォームアップで中国人スケーターと激突し、その後の回復が間に合わず、大阪大会にはバラバラの状態であった。割れた頭と、かなり深刻な怪我と隣合わせで滑った上海大会と同様だった。

バルセロナで羽生はこれ以上ないくらい調子よく見え、ショートでトップをとり、フリーでも1度しか転倒せず、しかもそれは終盤にかけてだった。いつか、勝ち続けるためには、転倒をやめなくてはいけなくなるだろう。しかしこの問題はより遠い未来のものだ。今のところ、羽生が長期間の治療のために離れることを望まず、シーズンの前半に見せていた少し破滅的な献身は、感動を呼び起こさずにはいられない。

2人目のロシア人であるマクシム・コフトゥンも、この上位3名の中に入り得た。しかし、フリーの最初の4回転の代わりに2回転を跳んでしまい、この1つのエレメントで10点以上を失った。その後あまりに失望していたのか、記者のそばに立ち止まらずに通り過ぎたが、普段はこんなことはない。

ついさきほどのテレビへのコメントで、最後まで戦ったとマクシムは語った。そして、評価に対するいくつかの疑問についても発言している。

テーマ: フィギュアスケート | ジャンル: スポーツ

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