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セルゲイ・ヴォロノフ:ユーロでメダルを獲れなかったら(1)ユーロ不調の理由

ユーロ2015で銅メダルを獲得したセルゲイ・ヴォロノフのロングインタがR-Sportに来ていましたので、何回かに分けて紹介します。第1回めはユーロで不調だった理由について、本人が分析しています。

第2回目以降は、昔のコーチの話など、過去の話を色々と語っているようなので、読むのが楽しみです。


(1)ユーロ不調の理由
(2)五輪を2度耐えて、すべてのことに対して哲学的に対処するようになった
(3)GPS日本大会で最下位になって引退を考えた
(4)ペテルブルクでまともに接してくれたのはプルシェンコだけだった
(5)チャンや小塚が見たら、どうおもうかなあ

* * *

セルゲイ・ヴォロノフ:ユーロでメダルを獲れなかったら。太陽が消されなかったら。


http://rsport.ru/interview/20150201/803590355.html
マリヤ・ヴォロビヨワ/アンドレイ・シモネンコ

(セルゲイ、(ユーロの)男子シングルが終わってしばらく経ちましたが、おそらく分析ができたのではないでしょうか。ユーロでの戦いがあなたにとって簡単なものにはならなかった落ち込みについて、説明は見つけましたか?)


まず、こういった状況には誰も保険はかけられない。第2に、コンディションの悪化を予定しておらず、前もって見通せなかったことにミスがあったと思う。ロシア選手権のあとはずっと上り調子を進んでいたのに、まさにユーロの1週間前に問題が起こり、酷い疲れが溜まってしまった。つまり、コンディションを徐々に整えていたのに、突然、急激に下落してしまった。そしてその穴から抜け出すのはもう難しかった。できることはすべて、このユーロでは自分から搾りきった。次は、今回の経験を考慮して、ワールドの前にかならず状況を計算して、ワールド自体に向けてピークに近づけるようにしないと。お正月のあと、全身から音を立てて上り調子で練習していたのに、大会に来たと思ったら穴にはまってるといったようにではなくてね。


(この状況をミスといえるなら、それは方法論的なものだったということでしょうか。)


この状況で責めるべき人はいない。私は成熟した子どもだからね。自分で分析してみたんだけれども、まず第1に、あまりにも意欲が強すぎたんだと思う。ある時点で少し詰めすぎないことが必要だったのに、その逆にやりすぎてしまった。スポーツではバランスを崩すとどうにもならない。ストックホルムに自分が半分空白のまま来てしまうことになった。ところで、自分の状況から言えば、私にはショートとフリーの間に休日がないほうが良かったと言える。引っ張って引っ張って、残ったものがすべてこぼれてしまった。この困難な状況にあったのは一人ではないと思う。男子のトップ5はみな完全に押しつぶされていた。


(どのような理由で、トップスケーターたちみんながこんな傾向に突然狙われてしまったのでしょうか。)


他の選手のことはわからないが、自分のことで言えば、今回の大会が8回目の大会だった。自分より多いのは、ユーロが9回目の大会となったリーザ・トゥクタムィシェワだけだ。このことがいかに単純でないかと言うのには意味がない。登場して、危険を犯して、それで最終的にそんなに悪くなかった。滑りは時間とともに忘れられるけど、順位は覚えられるからね。


(サッカーで、ゲームは忘れられるけれどスコアは残る、というのと同じですね。)


その通り。スポーツというのはいつもそうだ。例えば、オリンピックでエヴァン・ライサチェックが4回転ジャンプなしで優勝したことを誰が覚えてる?大多数の人には、彼がオリンピック金メダリストだという単純な事実しか知られていない。


(ユーロの後は休まなくてはいけないとおっしゃっていました。それは、練習の強度を下げるということでしょうか、それとも活動を変えるという意味でしょうか。)


活動を変える。今、2・3日スイッチを切って、もしかするとどこかに出かけたり、状況を変えることが絶対に必要だ。休息というのは、ソファに横になって足を伸ばすってことだけじゃないからね。6月から5月まで、頭までこのプロセスに浸っていたら、どんな身体でも疲れて、引っ掛かりはじめる。だから、精神的な放電は、今まさに必要だ。


(ちょっと今思いつきました。もしかして、スウェーデン首都の灰色で憂鬱な天気が皆さんに影響したのでは?)

それはないよ、冗談は冗談として、街はなんの関係もない。ニースやバルセロナがどこにでもあるわけじゃない。ストックホルムでは面白いものがたくさん見られる。ただ天気だけは、実際、喜ばしいものじゃない。ちょっとサンクトペテルブルクに似てるよね、でも問題ない、そこに9年も住んでたんだから、慣れてるはず(笑)。

続く
※追記(2015/2/2)
フォロワーさんから教えていただきましたが、ヴォロノフはサンクト・ペテルブルクの気候が好きじゃなかったみたいですね。

ウルマノフ・コーチの発言から抜粋:
「セリョージャは、自分がモスクワ生まれである、と繰り返し言いました。そして、ペテルブルグは自分には合わない、と。ネヴァの流れですら自分の眠りを妨げる、と。(中略)しかし、そんなアスリートが、故障の原因を曇り空に求めてもどうしようもないのです。コーチが太陽を作り出せるとでもいうのでしょうか?それは無理です。(後略) 」


テーマ: フィギュアスケート | ジャンル: スポーツ

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