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スケート靴を履いたマタドール(前)笑われることを恐れない

PROSPORTに、2015上海ワールドで金メダルを獲ったハヴィエル・フェルナンデスの記事がありましたので、前後編で紹介します。

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スケート靴を履いたマタドール
スペイン史上初のフィギュアスケートワールド金メダリスト


http://prosport-online.ru/other/news-2223-matador-na-kon-kah-istoriya-pervogo-chempiona-mira-po-figurnomu-kataniyu-iz-ispanii
マリーナ・クルィロワ/PROSPORT

2015フィギュアスケートワールド男子シングルは、スペインのハヴィエル・フェルナンデスが優勝した。PROSPORTは新しいチャンピオンの履歴を調べ、その人生における驚くべき転機について確認したが、既存のシステムに向かい立ち、リスクを負う容易がある者が勝者となるということを改めて確信することになった。

フリーの得点が画面に表示されたとき、ハヴィエル・フェルナンデスは羽生結弦とのやりとりに夢中になっていた。プログラム最初の4回転サルコウは転倒に終わった。フェルナンデスは、自分は銀メダルだと確信していて、ソチ・オリンピック金メダリストの新たな勝利を祝福する準備をしていた。しかし、彼は間違っていた。羽生は彼を前を譲っていた。

泣くべきか、それとも歓びで笑うべきか、ハヴィエルが決めかねている間も、スペインは落ち着いてた。シエスタだったからだ。翌日、主要スポーツ紙であるMarcaは、突然サッカーとテニスのルポを薄くし、スペイン史上初のフィギュアスケートワールド金メダリストについて報じた。


サッカー選手にはならなかった



フェルナンデスはマドリードに生まれた。スペインの子どもたちがみなそうしているように、彼も日がなボールを追いかけ、足を止めるのは、テレビで愛するレアルの試合が放送されるときだけだった。親も息子の趣味に全く反対はせず、むしろプロのアスリートに育てようと考えていた。

ハヴィの姉、ラウラも、注意を向けられなかったわけではなかった。母は彼女をスペイン史上初のフィギュアスケート金メダリストにしようと考えていた。ラウラがリンクに行った際、ハヴィエルも全く偶然にリンクサイドにいた。その後、彼は姉とともに自発的にリンクに通うようになった。

そのたった2年後、ハヴィの遠い親戚であるイケル・カシージャスがチャンピオンリーグでレアル・マドリードの勝利を勝ち取った際も、ハヴィエルとラウラは、おそらくスペインで唯一のウィンタースポーツ・センターであるハキから激励のメッセージを送っていた。

「サッカーはとても好きだ。でも、フィギュアスケートはもっと面白かった。」とハヴィエルはスペインのEl Pais Semenal紙とのインタビューで語った。「長いこと自分の身体を新たな動き、つまりスケーティングやジャンプ、スピンに慣れさせていた。学校ではいつもからかわれてたよ、スケートは女の子がするもんだって言われて。自分は違うと思ってたけどね。自分自身との賭けみたいな。」


学校を辞め、アメリカに渡る



これ以上学校と練習を同時に続けられないとハヴィエルが両親に宣言したとき、誰も驚かなかった。学校の先生は、スペイン人が氷上で何かまともなことができるなんてことをまったく信じず、ハヴィエルをすぐに悪意あるサボり魔のリストに入れてしまっていた。ハヴィエルは特に苦しむこともなかった。高名なロシア人コーチであり、日本の安藤美姫をワールド金メダリストに導いたニコライ・モロゾフから招待を受けていたからだ。モロゾフのチームはニュージャージーで練習をしていた。ハヴィエルは悩むこともなく、荷物をまとめすぐに向かった。

「その時、17歳だった。知らない国でまったく1人だった。節約のために、家具なしのまったく空っぽの部屋を借りた。最低限必要なものはイケアで買った。昼間は練習して、夜ごと家具を組み立ててたよ。でも、なぜかいつも部品が余るんだ。あの時ほど、マドリードの自分の部屋に戻りたいと思ったことはなかったよ。」とハヴィエルは思い出す。

ニュージャージーの部屋の家具をそろえるのは、それでも間に合わなかった。ニコライ・モロゾフはチームをまずラトヴィアのダウガフピルスに、その後モスクワに移した。


笑われることを恐れない



モスクワはフェルナンデスにとっては寒く、それで練習がないときにはロシア語を学ぼうとし(しかし、あまりうまく行かなかった)、ソ連のアニメを見ていた。ニコライ・モロゾフはそのチャンスをとらえ、「ヌー・パガジー!(おい、見てろよ!)」の第8回を見せ、ショートで狼の役を試してみないかと提案した。

「数回分を見てみた。」と2011年ワールド後の記者会見でハヴィエルは話した。「もちろん、アニメの主人公たちがスケートを滑ってる回も。『トムとジェリー』に似てるなって思った。初めて見たときからすぐに分かったよ。」

フェルナンデスの狼は、ずっと渋面をつくったり、媚を売ったり、観客やジャッジにアピールしたりしていた。祖国のスペインでは、このプログラムは慎重に捉えられ、ハヴィエルのような才能には、不格好でひょうきんな高慢ちきではなく、マタドールや英雄の役が合っていると、柔らかにほのめかされていた。

しかしフェルナンデスはそれには同意せず、シーズンのプログラムのうち少なくとも1つは愉快なものにしなければと決めた。このルールを彼は毎年守っている。そして、ゾロはチャーリー・チャップリンと、ジェームス・ボンドはフィガロと素晴らしく調和していることを証明している。

(続く)
ロシアン・フィギュアスケート・フォレヴァ - スケート靴を履いたマタドール(後)ユヅルと一緒に練習できるのは運が良かった

テーマ: フィギュアスケート | ジャンル: スポーツ

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2016.12.31 (Sat) 02:47 |