無料アクセス解析

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ミーシンという名の時代(1)バンクーバー後のミーシンの変化

過去にも紹介したSportstoriesの記事です。2015年3月8日と少し前ですが、ミーシン・コーチの誕生日に合わせて掲載されたものを3回にわたって紹介します。割と厳しい見方ですが、私は「なるほど」と思うところがありました。

ミーシンという名の時代(1)バンクーバー後のミーシンの変化
ミーシンという名の時代(2)なぜ「ベスト・オブ・プルシェンコ」だったのか
ミーシンという名の時代(3・完)次のオリンピックと引退について


ミーシンと言う名の時代:まだまだ続く


http://sportstories.rsport.ru/ss_person/20150308/812993627.html
アンドレイ・シモネンコ / Sportstories(R-Sport)

アレクセイ・ウルマノフ、アレクセイ・ヤグディン、エヴゲニー・プルシェンコといった、フィギュアスケートのオリンピック金メダリストを育てたアレクセイ・ニコラエヴィチ・ミーシン・ロシア功労コーチが、この日曜日に74歳の誕生日を迎える。この高名なコーチが近年どのように変化をしているのか、またどの方向に向かっているのか、その印象をアンドレイ・シモネンコR-Sport記者が、Sportstoriesに述べる。

アレクセイ・ニコラエヴィチ・ミーシンの74歳の誕生日前夜に思い出されるのは、4年前、ワシーリエフスキー島のレストラン「スタールィ・トビリシ」でのインタビューだ。ホールのある地下に下りて行くと、ミーシンはすでにテーブルについていた。「どうぞ」と、目も上げずに投げかけられた。彼の目は、指を追いかけるので忙しかったようだ。指は現代的なガジェットの最新バージョンを操作している。左手はiPadで何かのテキストを動かし、右手はiPhoneでSMSを売っている。彼はそれを同時に行っていた。

どこからそんな機会を使う趣味を、との質問に、ミーシンは「教え子のアルトゥル・ガチンスキーとリーザ・トゥクタムィシェワが使ってるから、私も遅れてはならないと頑張ってるんだよ」と、お決まりの文句で答えた。実際は、ミーシン自身がただ面白いからだとわかったが。しかしそのとき、もちろん、先入観との食い違いを感じた。これほどに最新の技術を使いこなす70歳の人物にこれまでほとんど会ったことがなかったからだ。

そのインタビューでミーシンは夢中になって人生の経験を語ったり、子供の頃やペアをコーチしたときの失敗について思い出したり、愚痴を言ったりした。いや、愚痴ではなく、こう確認した。彼の開発した手法を使ってないのは怠け者だけだ、「タラソワだって使ってるんだ」と。最大限に下品な小話を次々と使ってくれた。種まきのニュースを読むかのような完璧に落ち着き払った調子で、こんな最大限に下品な小話を浪費できるのは彼だけなのではないか。つまり、1時間半、私は驚きで口をぽっかりと開けたままだった。

思うに、4年前のミーシンは、コーチのキャリアの中で、もしかすると最もつらい試練が、2014年2月に待ち構えているとは思っていなかった。そして私も、「口をぽっかりと開けたままの」こういったインタビューがもう2度とないとはまったく想像していなかった。

ミーシンが変わって、マスコミとまともに話すのをやめた(すべてを冗談めかすのではなく、真面目、という意味だ)のは、プルシェンコが4回目のオリンピックに出場するために復帰したからだろう。ミーシン自身が幾度となくルイ・パスツールと比較したこの実験には、マスコミとの本当の交流は想定されていなかった。そうしようとすれば、ただすべての困難について語るしかなくなってしまうからだ。フィギュアスケートというのは、弓から矢を放つようなものではなく、思いがけぬ困難はたくさんあるものであるし、言うまでもなく、ソチにプルシェンコが現れることに対する深刻な反発もあった。特に、簡単に言ってしまえば、より強力なマクシム・コフトゥンが現れてから。

続く

テーマ: フィギュアスケート | ジャンル: スポーツ

ミーシンという名の時代(2)なぜ「ベスト・オブ・プルシェンコ」だったのか | Home | プルシェンコだけじゃない、王者の帰還【ロシア記事】(4・完)順番を待っているのは

コメント

コメントの投稿


非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。