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アルトゥル・ガチンスキー:競技会は僕にとって麻薬だったけど、治ったよ(1)スケートはもう十分だ

アルトゥル・ガチンスキーのロングインタビューがR-Sportに掲載されていましたので、紹介します。長いので、5回位に分かれそうですが、気長にお付き合いください。

(追記)続編をアップしました!


【アルトゥル・ガチンスキー:競技会は僕にとって麻薬だったけど、治ったよ】

(1)スケートはもう十分だ
(2)戻りたくなるかもしれないけど、どこからそんな意欲が出てくるかはわからない
(3)今年うまくいかなかったら、いずれにせよやめるつもりだった
(4)羽生は無慈悲に爆発し、チャンは美しく爆発する
(5)恋?それは言い訳だ
(6)銅メダル、銀メダル、そして3Aが跳べた誕生日(終)



アルトゥル・ガチンスキー:競技会は僕にとって麻薬だったけど、治ったよ


http://rsport.ru/interview/20160201/892556653.html
アナトリー・サモフヴァロフ / R-Sport / 2016/2/1


添え木を外して、考えて、決心した。フィギュアスケートはもう十分だ。違うことをやりたい。




(アルトゥル、調子は良さそうですね!アクセルもきちんと回っていました。)

アクセルを回転不足にするには、もっと太らなくちゃいけないね。


(余計な体重が50gも付くと、アクセルがダメになってしまうとか。)

僕はアクセルはいつも大丈夫。体重が増えてもできる。着氷もあるべき形で。


(さて、なぜ引退を決められたのでしょうか?言われているような理由は、あまり説得力がないように思われます。)

専門的に続けていくことに対して、いろいろな状況が起こって態度が変わってしまった。前はすべてが素晴らしかったんだ!ショートもフリーも滑れたし、クワドトウも良い出来だった。サルコウはそれに比べると今ひとつだけど、それでも武器庫には入っていた。でもその後、腰にカチャンときて、タチヤナ・アナトリエヴナ(・タラソワ)、サーシャ(・ウスペンスキー)、そして僕自身の労働を、突然すべて無にしてしまった。

夏盛りの8月、腰が締め付けられるようになって、ほとんど動けなくなってしまった。何度もブロック麻酔を受けた。3週間で3回のコース、その間できたポーズは、立ってるか寝てるかの2つだけ。体を折り曲げることがまったくできなかった。ジャンプすることも、リンクに来ることも、歩くことさえできなかった。それで、ソチでのロシア代表チームのテストスケートが僕のそばをすり抜けていった。腰を治して、最初の大会があるオーベルストドルフに行かないと…と思っていた。しかし、ほんの少し治りかけたところで、また新しい炎症ができて、それについてはもう言いたくない。1週間くらい鼻風邪かと思っていたら悪化して、また1週間が投げ出された。そのとき、GPSロシアカップに出られないんじゃないかとわかり初めた。コンディションは失われて、そしてすべてを失った。

それから、うちでガラスのドアが割れてしまったので、床に落ちた破片を片付けていたら、ドアの骨組みに残っていたガラスが手に落ちてきて、破片が皮膚の下にまで刺さってしまった。それで、人差し指、中指、薬指を曲げる筋肉の腱が切れてしまったんだ。簡単に言うと、その3本の指は、飾りみたいにただぶら下がってて、手首自体もだらんとしてた。手術して、1週間入院して、21日間ギプスを付けてやっとなんとか手をちょっと動かせるようになって、手で何かしようとするようになった。4ヶ月経ったけど、重いものを持ち上げるときはまだ痛むし、腕の一部が麻痺してる感じがある。時計もブレスレットも付けられない。でも、手首の動きはほぼ元に戻った。残りは、靭帯がまた伸びるまで、何年もかかる。それで、添え木を外して考えに考えて、決心した。フィギュアスケートはもう十分だ。他のことをやりたい。


(22歳で。)

22歳で。


(才能ある若者が。)


才能ある若者が。

続く


テーマ: フィギュアスケート | ジャンル: スポーツ

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