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アルトゥル・ガチンスキー:競技会は僕にとって麻薬だったけど、治ったよ(2)戻りたくなるかもしれないけど、どこからそんな意欲が出てくるかはわからない

昨日のガチンスキー・インタビューの続きです。


【アルトゥル・ガチンスキー:競技会は僕にとって麻薬だったけど、治ったよ】

(1)スケートはもう十分だ
(2)戻りたくなるかもしれないけど、どこからそんな意欲が出てくるかはわからない
(3)今年うまくいかなかったら、いずれにせよやめるつもりだった
(4)羽生は無慈悲に爆発し、チャンは美しく爆発する
(5)恋?それは言い訳だ
(6)銅メダル、銀メダル、そして3Aが跳べた誕生日(終)



アルトゥル・ガチンスキー:競技会は僕にとって麻薬だったけど、治ったよ


http://rsport.ru/interview/20160201/892556653.html
アナトリー・サモフヴァロフ / R-Sport / 2016/2/1

続き

(そして?)

そして、違う種類の問題も有る。治療している間、世界のスケーターたちみんなを追ってたけど、彼らはこれまで誰もやったことがないようなことをやっている。ぼんやりとスケートに残って、ユーロやワールドのような大会に出て、メダルも取れないままというのは愚かなことだ。


(以前もおっしゃっていましたね。しかし、来年か再来年にルール改正があって、天才たちと競う新たな道ができるかもしれません。)

できるかもしれないけど、僕の体は鉄でできてるわけじゃない、良い緊張感を保ったままで、長期にわたる練習のサイクルに耐えられない。2週間練習して、痛みを感じて、休止。こんなのでは、現代のフィギュアスケートでは無理だ。不格好な姿をしている間に、ボーヤン・ジンはショートでクワドルッツ・トリプルトウのコンビネーションと、後半にクワドトウを跳んでる。彼の上を行くには、何か信じられないようなことをする必要がある。


(しかし、クワドルッツだけではワールドは勝てませんし、そのコンビネーションでも埋められるかどうか。羽生結弦でさえ、グランプリカナダ大会でパトリック・チャンに負けています。来年か再来年には状況は変わるかもしれません。)

わからない、ただ滑りたくないだけだ。アスリートとしてのキャリアを続ける意欲がもうない。ショーや練習の方が良い…。


(ただお疲れなのでは。)

そう、それについては議論しない。ショーでたくさん滑ったら、戻りたくなるかもしれない。でも今のところは、自分の中のどこからそんな意欲が湧きうるのかはわからない。


(精神的に一息つかれているんでしょう。)

そうかもしれない。この緊張すべてから、頭と神経を休ませる必要がある。もしかすると、1年後には戻るかもしれない。もしかすると、コーチや振付という沼に飲み込まれるかもしれない。僕は反対じゃない、今はこっちの方からこれ以上ない感銘を受けている。


(ショーでピョートル・チェルヌィショフと協業されていますが、彼は世界のフィギュアスケートにおいて「振付師オブザイヤー」の称号をためらうことなく狙っていることでしょう。現役時代に得ていたもの、あるいは得ていなかったものを、今の華やかな活動から得ているのかどうか、あなたに話すことはありませんか?)

ショーは全く違った心持ちだ。競技会ではクレイジーなまでに全力を注ぎ込むけど、それは自分のためだ。振付師は素晴らしいプログラムを振付して、そのプログラムが勝つことを見ている。僕はいまショーに出ているけれども、ショーはすべてを埋め合わせてくれる。「ジングリキ(※ロシア製アニメ)」に出ると、すごく力が湧く。「パフューム」も滑っていると、競技会よりも全然力が出る。


(そうなんですか?)

そう。大会は、大会でしかない。芝居は、歴史だ。芝居では、アスリートとしてジャンプに次ぐジャンプというわけではなく、感情で自分を開かなくてはいけない。ショーで僕は対話をする俳優になる。僕はジュゼッペ・バリディーニの役で、ステファン・ランビエールがジャン=バティスト・グルヌイユ役を演じた。体の動きで、作品の感情すべて、意味のすべてを伝えなければならなかったけど、それは本当に僕を満たしてくれる。競技会の出場者でいるよりも、公演の場すべての方が心地よく感じる。

続く

テーマ: フィギュアスケート | ジャンル: スポーツ

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