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アルトゥル・ガチンスキー:競技会は僕にとって麻薬だったけど、治ったよ(3)今年うまくいかなかったら、いずれにせよやめるつもりだった

アルトゥル・ガチンスキーのインタビューの続きです。


【アルトゥル・ガチンスキー:競技会は僕にとって麻薬だったけど、治ったよ】

(1)スケートはもう十分だ
(2)戻りたくなるかもしれないけど、どこからそんな意欲が出てくるかはわからない
(3)今年うまくいかなかったら、いずれにせよやめるつもりだった
(4)羽生は無慈悲に爆発し、チャンは美しく爆発する
(5)恋?それは言い訳だ
(6)銅メダル、銀メダル、そして3Aが跳べた誕生日(終)



アルトゥル・ガチンスキー:競技会は僕にとって麻薬だったけど、治ったよ


http://rsport.ru/interview/20160201/892556653.html
アナトリー・サモフヴァロフ / R-Sport / 2016/2/1

続き

いつも自分を許していなければならない



(アスリートという活動領域に入った者は、論理的な最大限にまで突き詰めるものといつも思っていました。あなたも確か17歳で世界選手権のメダルを獲られましたよね。)

そうだと思う。確かに、17歳で、モスクワ・ワールドで銅メダルを獲った。


(13歳のときにシニアのロシア選手権に出場され、まさにあなたのためにルールが直されましたね。そういうことがあると、20歳ちょっとで引退するといったような常識はずれの行為から守ってくれる自尊心が生まれるのではないかと思うのですが。最後まで収穫をする必要があるのでは。)

最後まで刈りつくす必要がないこともあるだろう。


(しかし、あなたは、辞めようが辞めまいが大きく変わらないような凡庸なスケーターではありません。原石はまだ磨ききれていないのではないでしょうか。それでまた興味があるのですが、ボーヤン・ジンはクワドルッツを跳んできました。今、彼の上を行くのは難しいでしょうか。)

彼に勝てないとは言わない。可能性ならば誰にだって勝てる可能性はある。クワドルッツは勝利を保証するものではない。スケーティングと、結果を得るための負荷に耐えられる力が保証となる。初見で滑っても大会での成績は勝ち得ない。4回クワドトウを跳ぶ代わりに、体の耐久性のハードルが上がるよう、それを7回跳ぶとか、練習はときに死ぬほどのものになる。自分を追い込んで、これ以上無理というところまで。その4分間が過ぎてやっと、その練習まで以上のことができるようになる。僕がそんなことをしたら、腰が壊れてしまう。


(それでは、筋トレは?)

筋トレや体力トレーニングもしていたし、僕の体が弱いとか、筋力が少ないというわけじゃない。ただ、腰の怪我のせいで、身体の限界まで練習ができないだけだ。100%の力ではなくて、80%で練習しても、練習はうまくいかない。練習で自分を許すというのは、その場で足踏みをするようなものだ。馬鹿みたいな腰の痛みは、そんなにきつい練習じゃなくても、ショーの長い練習でも出てくる。ちょっと動かしたら痛んで、また動かしたら痛む。いつも自分を許していなければならない。


(タチヤナ・タラソワは、通常そういう痛みにはアスリート的な反応をしますね、我慢しなさい、と。少なくとも、彼女の書いた本にはそう書かれていますが、あなたの考え方は理解されていましたか?)


そう、理解してもらっていた。というのも、2週間練習するたびに、3日間も休まざるを得なかったから。我慢できる痛みもあるかもしれないけど、体が耐えられなかった。


(あなたの才能と、例えば、65%くらいの準備ができている状況であったら、12月のロシア選手権では何位になったと思われますか?)


65%というのは少なすぎて話にならない。できることの半分を少し上回っただけでは。80%くらいなら、話は別だけど。といっても、ロシア選手権がどんな感じだったのか、よく知らないから、何位になっただろうかなんて想像もつかない。


(ご覧になってませんか?)


見ていない。ショーの仕事をしてたから。


(エヴゲニー・プルシェンコはネットに8回のコンビネーションジャンプを載せていましたね。)

それは見たけど、コメントはしない。人を笑わせるために、面白くてやったんだろうと思う。


(今シーズンが始まる前に、あなたは今シーズンが決定的なものになるとおっしゃっていました。一連の問題については、その時点ではご存じなかったはずですが、どうしてそのようにおっしゃっていたのでしょうか。)


まったトップ選手に戻るという、はっきりとした課題があった。


(しかし、戻れなかったとしても、次のシーズンはまた来ます。)

30になるまでそんなふうに言っていられるかもしれない。でも、今年うまくいかなかったら、いずれにせよやめるつもりだった。もうただすべてに疲れたんだ。競技会に出ることが楽しくなくなった。


(以前は楽しかったのでしょうか。)


もちろん。でもその感触は消えてしまったけど、大きな役をもらった(チェルヌィショフのショーである)「白鳥の湖」で、やらなくていけないことがあって、そこではその感触が戻ってきた。落ち着いて滑って、喜びを感じている。出演が楽しい。


(以前、競技会が楽しかったのは、うまくできていたからでしょうか。)


いや、アドレナリンが出て、信じがたいくらいの高揚感があったからだろう。以前は、競技会は僕にとって麻薬だった。今はその依存症が治ったみたいだ。戦う習慣はもう好きではない、もうしたくない。


(13歳でロシア選手権に出場した男の子のときの感覚は覚えていますか?)

いや、忘れた。幾多の大会がもたらしてくれた、他の感覚と同じように。今は、僕達のショーが醸成するもので生きている。「ジングリキ」をやって、すぐに着替えて革命広場(注:モスクワ中心地にある広場)で2つめのショー、そして3つめ、4つめと…、すべて1日で。大変だけど、面白い。日に1つしか出演がないと、暇だと思う。ショー・マスト・ゴー・オンであってほしい。


(気持ち的に雰囲気が良いのでしょうね。)

雰囲気は良くて、心がある。「パフューム」の振付が23時から朝の6時まであったんだけど、そんなときでさえ気持ちよかった。「くそ、ここで僕らは何をすべきなのか?どんな意味を伝える必要があるのか?」と考えこむのは、素晴らしい作業だ。


(コーチよりも、振付師の方が合っていると思われますか?)

たぶん。将来は、コーチ業でも、振付業でも、自分の力を試してみたい。もしかすると、両方ともやってみるかもしれない。どこに向かって動くのかは、これから具体的に考えていく。

続く


テーマ: フィギュアスケート | ジャンル: スポーツ

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