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メドヴェデワ・ラジオノワ・ポゴリラヤ:フィギュアスケート、それは芸術(前)エキシについて、親について

欧州選手権で表彰台を独占したロシアのメドヴェデワラジオノワポゴリラヤが、モスクワに戻ってから行われた共同記者会見の模様がロシア・スケ連公式に掲載されていたので、前後編で紹介します。インタビューではなくて記者会見ということで、なんとなくですます調にしてみました。

メドヴェデワ・ラジオノワ・ポゴリラヤ:フィギュアスケート、それは芸術(後)フィギュアスケートとは



メドヴェデワラジオノワポゴリラヤ:フィギュアスケート、それは芸術


http://www.fsrussia.ru/intervyu/1833-medvedeva-radionova-pogorilaya-figurnoe-katanie-eto-iskusstvo.html
オリガ・エルモリナ / ロシア・スケート連盟公式 / 2016/2/6

(みなさん、モスクワ空港ではロシア代表チームのみなさんが大々的に歓迎されていましたね。花束を持ったご親戚やご友人、ジャーナリストたちが来ていました。しかしここで、ブラチスラヴァのエキシの日に戻っていただきましょう。みなさん、素晴らしいナンバーでしたが、それについて教えていただけますか?)

ジェーニャ(メドヴェデワ):

私たちは、「Gorod 312」の歌「Ostanus'(私は残る)」を選びました。自分にとって大切な人たちにこのプログラムを捧げています。自分を支えてくれる人、心配してくれる人をいつも覚えていて忘れないでいないといけません。

レーナ(ラジオノワ):

とても面白いプログラムに仕上がっています。最初は、とても好きな「Imagine」で、何かシンプルに滑りたいと思っていました。しかし1年前のバルセロナでたくさんの活き活きとした彫像を見て、今回のエキシナンバーのアイディアのもととなった考えにめぐりあいました。彫像それぞれに、私たちを取りまくすべてに、魂が、何か素晴らしいものが、崇高なものがある。歌詞には、平和と幸福についての深い意味が込められています。現在、たくさんの戦争が起こっていますが、人類すべてが幸せで人生を楽しめるようでなければならないということを、このプログラムで伝えたいと思っています。それで、こんな輝く羽織を考えつきました。私たちの世界を守ってくれる天使の翼をイメージしています。

アーニャ(ポゴリラヤ):
私のプログラムは、シュニトケのタンゴです。母が見つけてくれました。最初はこの曲でショートかフリーを作りたかったのですが、結局すべて変わってしまって、エキシにすることにしました。

エキシは普通じゃないものにしたかったんです。コンチータ・ヴルストのエキシは皆さんに見ていただけたと思いますが、早着替えについてはもう知られてしまいました。それで、振付師のヴィクトル・アドニェヴィと一緒に新しいテーマとイメージについて考えました。とても入り込んでいたので、自然とすぐに細かいところまで展開できました。

私が演じるダンサーは、苦労やその他の人生で置かれた環境のために精神病院に入ることになります。彼女はそこから抜け出したいと思っていますが、病気は離してくれません。彼女は悩み、苦しみ、あるとき、昔の思い出がぱっと頭に浮かびます。まるで、舞台にいて、タンゴを踊っているような。幸福にひたる彼女は音楽に身を投げ出し、踊りに溶け込んでいきます。そしてプログラムの最後に、私は目を閉じ、去るのです…。


(ご両親の支えはみなさんにとってどれだけ重要でしょうか?ご両親はどのようなお考えをお持ちでしょうか。)

ジェーニャ:
近しい人たちにはいつも支えられています。何が起ころうと、私のそばにいてくれると知っています。母は仕事をしていますが、時間があるときもそうでないときもいつでも、私のために費やしてくれます。以前は、大会には祖母がついてきてくれていました。今は私一人です。近しい人たちはみな私をとても愛してくれていますし、みんなの助言は私にとってとても大切です。母はいつも私を正しく導いてくれます。母と祖母が一番近く感じる、愛する人です。

レーナ:
母は友だちのようで、なんでも言うことができます。人生で両親の役割というのは大きいと思います。練習には親が連れて行ってもらいます。残って練習を見ていることもときどきありますね。父は、以前は毎週練習を見てくれていましたが、今は大会を見に来る方が好きみたいです。母は大会は見ません。ひどく心配するからとのことです。でも、フィギュアスケートついて母とよく話し合います。母が言ってくれたことについて、できるだけ考慮しようと思っています。

アーニャ:
母が私をリンクへと連れていってくれた瞬間から、母は私のフィギュアスケートとともに生きることになりました。今でも、仕事前や仕事の後にリンクに来て、私がどんな風が見に来ることもあります。ずっと練習していると、視線が「擦り切れて」しまって、傍から見ている母の指摘がときおりとても正確なこともあります。母は、私がスケートを習って、スケートの中で成長してきた過程を見てきましたので、どこが好きか、どこが好きではないかと言えるんです。母自身も、こういったことを通じて学んできました。フィギュアスケートについてかなり理解してくれています。父もです。でも父はPCで私の演技を追ってくれているみたいです。

両親はいつも私を支えてくれています。そしてそれが冷めることはないと思っています。私がスケートをやめても、母は私の演技を見直してくれるでしょう。私がどれだけの気持ちをプログラムに込めているのか、どうやってそれができているのか、母は知っていますし、私と一緒に心配してくれます。どれだけの心を投げ出しているのか、感じてくれるからです。母が私に送ってくれたショートメッセージについては話したかと思います。でも、その前にも別なメッセージをもらっていました。「もしあなたがまた転んだら…」という。母との関係はこんな感じです。母は私にとっていちばん近い人ですね。

続く

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Gorod 312 / Ostanus'


テーマ: フィギュアスケート | ジャンル: スポーツ

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